その5の続き
第六章 日本のレイシズムはいかに暴力に加担したのか
 
この章では六~七十年代の朝鮮高校生徒襲撃、八~九十年代のチマチョゴリ切り裂き事件、そしてゼロ年代以降の在特会の登場を中心に、戦後日本における差別扇動メカニズムを分析したものである。

①朝高生襲撃事件型=反共主義の極右による非公然かつ直接の差別扇動
 これは国士館高校・大学を拠点とする極右学生が、朝鮮学校に通う主に高校生(中学生も含む)を狙って起こした集団暴行・リンチ事件である。殺人にまでエスカレートしたケースもある。国会議事録によれば、一九七三年七月四日赤松勇議員「(六六年以降)国士館及び帝京商工など二校の朝鮮人高校生に対する暴力事件は、市民を含めて計五六〇回事件を起こしている」とあり、「国士館高校・大学を拠点とする極右組織による、反共主義イデオロギーに基づいた反朝鮮総連・朝鮮学校に対する意識的な差別扇動が、意図的・組織的に引き起こした事件」p201だ。国士館は右翼的な教育を行う大学、学校だが、加害者に暴力を振るわせるのは、国士館の教育一般によるものではなく、リーダーの役割を果たす具体的な極右組織であり、極右の差別扇動は殺人を含む深刻な暴力を実際に生み出したのである。
 七三年以降沈静化したのだが、これは国士館学生による暴力が暴走し、日本人にまで被害が及ぶことで社会問題になったからである。つまりレイシズム問題としてではなく、日本国憲法と境域基本法に国士館が違反していたので「解決した」というものだ。ただし、極右組織の活動を停滞あるいは消滅させれば、暴力事件も発生しなくなるということも分かるだろう。
②チマチョゴリ切り裂き事件型=「普通の人」による自然発生的暴力型
 本書では九四年六月の事例が紹介されている。こういった事件は一九九八年八月に約七〇件発生しており、三度の大きな「チマチョゴリ事件」がある。特徴として、
 第一 極右ではなく、「普通の人」による自然発生的な犯行が中心
 第二 被害者が女性や低学年児童にまで拡大し、とくにセクシズム暴力が激増
 第三 朝鮮半島情勢・日朝関係が悪化したり、在日コリアンへのバッシングがマスコミで行われる時に集中
 という点だ。極右による差別扇動が見当たらず、その代わり政治による差別扇動によって起ったといえる。政府・マスコミによる北朝鮮バッシングは、グローバル化と冷戦構造崩壊後の米国の東アジア戦略に沿う形で「カントリーリスク」に対応すべく日本が軍事大国化(日本の仮想敵はソ連から北朝鮮にシフト)する中で起こった事件である。 
 そして、政治による差別扇動が八十年代末から三〇年近くにわたり日本でレイシズムを増大させた結果、新しい二一世紀型差別扇動回路が現れた。これが
③在特会型=政治による差別扇動が生んだ、遊び半分で暴力を組織する日本型極右の脅威
 二〇〇七年、在特会という極右組織が結成・活動開始した。樋口直人氏は①正面からレイシズムを掲げ②継続的に組織化され③インターネットを通じて「普通の人」の動員に成功と分析している。
 彼らの活動は、以下のように分類分けされている。
 ①街宣型…いわゆる「ヘイトスピーチ」街頭で公然と行われるデモや街宣を行うもの
 ②襲撃型…京都朝鮮学校襲撃事件、徳島県教祖襲撃事件 人種化された個人・団体・地域にダメージ 
 を与えるための組織的・計画的暴力を行うもの
 ③キャンペーン型…社会運動としての差別 SNSや出版物を通じて、具体的な獲得目標と人種差別の
 方法を提示し、それら人種差別を一斉に行うよう呼びかけるアクションをするもの
 ・入管に在日コリアンを通報して国外退去させるキャンペーン
 ・朝鮮学校への補助金を廃止させるよう自治体に要請する
 ・あいちトリエンナーレを主催した愛知県知事をリコール
 ・朝鮮学校の高校無償化除外に反対した弁護士会や個々の弁護士への不当懲戒請求事件
議会進出型…日本第一党、日本国民党、無所属 選挙でレイシズム扇動を行うもの
 日本第一党は、二〇一六年、在特会創設者桜井誠が立ち上げ「外国人に対する生活保護を廃止します」をはじめ、公然と排外主義を掲げる極右政党である。なお二〇一九年四月の統一地方選挙は、選挙を通じてヘイトスピーチを拡散する人物、当選するために差別を活用する人物、かつて酷い差別を繰り返したことがある人物、差別を扇動するために議員になろうとする人物が非常に多く見られ、NGO反レイシズム情報センター(ARIC)調査では、四九名もの極右が選挙に立候補していることが明らかになっている。
在特会(新しい極右勢力)
 政治による差別扇動が自然発生的に草の根の極右を組織するまでに拡大した結果、かれら極右がSNSや街宣や後援会や出版物などを通じて「普通の人」のレイシズム暴力を大々的に扇動している。日本には反極右という反差別ブレーキが存在しないため、欧州のような「適合ジレンマ」が発生しない。そのため、極右になることのハードルが恐ろしく低く、極右にならなくとも自民党や保守的市民として簡単に差別ができる。一方で差別するのに飽きたり嫌になったり、あるいはごく小規模での抗議でさえその活動が後退する特徴がある。こ
 こで重要なことは、極右活動へのカウンターとヘイトウォッチである。極右・へイトクライム・レイシズムへの監視活動が、欧米では重要な反レイシズム実践となっている。継続して極右やレイシズムのデータを収集し分析し公表することで、差別と極右台頭の危険性を社会に可視化させるのだ。
 極右なき戦後日本社会に極右組織の結成を用意した背景は、歴史否定である。欧州のホロコースト否定は、レイシズムに基づくヘイトスピーチの一類型とされ、処罰の対象である。一方、日本版歴史否定論は一九九〇年代から急速に台頭した。高橋哲哉氏は日本版の歴史否定論が、ホロコースト否定論と「同レベルの最悪の修正主義に近づいている」と指摘している。
 欧州ではホロコーストの歴史が公的な記憶として公認され、ネオナチも規制されている。反レイシズム規範があるので、それに対するバックラッシュとしてのホロコースト否定が起こっている。しかし日本版歴史否定の場合、アジア侵略と植民地支配の歴史が公的な記憶となっておらず、ようやく九〇年代にアジアの被害者が「証言」を始めたことが直接の攻撃の引き金となっている。
 日本軍「慰安婦」の存在が社会問題になったのは、一九九〇年六月国会で社会党本岡昭次が日本軍「慰安婦」の実態調査を要求、労働省職業安定局が「民間の業者が軍とともに連れ歩いた」「調査はできかねる」答弁を受けて、九一年八月一四日、金学順さんが実名で名乗り出て日本政府を告発したものだ。日本政府の歴史否認が契機となっているのだ。
 九三年河野談話では「軍の関与」を認めたが、それが何であるかはあいまいなままにされ、九五年村山談話では「植民地支配と侵略」に謝罪を行うも法的責任については明確にせず、レイシズムや歴史否定と闘うという具体策もなかった。
 九六年「新しい歴史教科書をつくる会」 九七年「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(事務局長:安倍晋三) 小林よしのり「戦争論」と歴史否定の動きが激しくなる中で、二〇〇一年 安倍晋三はNHKに圧力をかけ、女性国際戦犯法廷取材番組の改編させた。歴史否定を使って極右が攻勢をかければ、国や自治体はもちろん政治家やマスコミさえ沈黙し、ほとんど南の抵抗もなくレイシズムが増大するという、二一世紀日本で日々みられるパターンが確立してしまったのである。
 日本の慰安婦ヘイトは差別が許される状況下で、最も威力のある武器として活用されている、一般庶民やマイノリティや社会運動家や人権や反差別を訴える著名人を攻撃する際に「慰安婦」ヘイトがフル活用されている。性暴力を告発した伊藤詩織氏への攻撃がその典型例で、彼女を「慰安婦」被害者になぞらえ、ウソツキだと中傷し続けている。
 これほど反差別ブレーキが存在せず「慰安婦」ヘイトをはじめとする歴史否定論が何の抑止にも出会わずに、しかも官民それぞれの極右勢力によって三〇年以上継続されている国は、先進国では日本のほかにない。歴史否定の動きは今に至るまで放置され、加速され続ける、第二次安倍政権発足後二〇一二年末以降は、政権主導で歴史否定が行われている。アジアの侵略史が真相究明レベルから不十分であり、必要なジャッジメントもなされていないのが現実だ。
 今や日本版の歴史否定はグローバル化の動きがみられる。「慰安婦」ヘイトは現時点では日本でしか通用せず、世界では悪質なレイシズム特にセクシズムだとして一顧だにされることはないのだが、欧米のネオナチや白人至上主義者らが「慰安婦」ヘイトを、自らのホロコースト否定や黒人奴隷制擁護の歴史否定論を正当化するために用いることもある得るだろう。
 また現代はレイシズムの商品化、産業化による差別扇動が問題がある。「戦争論」「マンガ嫌韓流」をはじめ、「Will」「SAPIO」「Hanada」「正論」など、ヘイト本と称される差別・ヘイトスピーチを商品化したコンテンツは一般の書店で山積みされ、自由に購入できる状況だ。
 ネットでの差別扇動は「保守速報」「大韓民国民間報道」などがあり、後者は大学院卒の二五歳の男性が金もうけのために作ったものだ。アクセス数を稼ぐためにレイシズムを扇動していた。売れれば差別だろうがジェノサイド扇動だろうが商品として流通し、その商品の力、資本の力によってレイシズムが扇動されてしまう時代なのだ。(つづくよ)

レイシズムとは何か (ちくま新書 1528) [ 梁 英聖 ]
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