たたかうあるみさんのブログMKⅡ

み~んなそろって、闘争勝利!でもやっぱりメットは、白でしょ⁉ということにしておこう。

容量がいっぱいになった「たたかうあるみさんのブログ」を移動して、2020年7月に新たに開設した、共産趣味鉄道ヲタブログ⁉…旅行、萌え系ネタ⁉もあります。

#マルクス

ゼロからの「資本論」を読む(その3)

 斎藤幸平のゼロからの「資本論」(NHK出版新書2023年1月)を読んであちこち飛びながらのんびり解説するコーナー(その2
 資本主義社会をそのままにして、BIや税制改革による格差是正、MMTによる財政出動「雇用保障プログラム」を「法学幻想」としてぶった切った斎藤幸平氏であるが、欧州の資本主義社会はそのままの「福祉国家」については一定の評価を与えている。なお、彼が留学していたドイツは、大学の学費は無料!1学期2万円ほどで電車バス乗り放題の定期券がついた学生証がもらええる。それがあれば学食も集約円と安く…云々と続き、医療も原則無料、介護サービスも手厚く、失業者手当、職業訓練も充実している…のだそうで、これを
 これこそが、福祉国家の研究者であるイエスタ・エスピン=アンデルセンが「脱商品化」と呼んだ事態です。つまり、生活に必要な財(住居・公園)やサービス(教育、医療、公共交通機関)が無償でアクセスできるようになればなるほど、脱商品化は進んでいきます。これらの財やサービスは、必要とする人に対して、市場で貨幣を使うことなく、直接に医療や教育といった形で現物給付されるわけです。
 現物給付の結果、私たちは、貨幣を手に入れるために働く必要が弱まります。福祉国家は、もちろん資本主義国家です。けれども、脱商品化によって、物象化の力にブレーキをかけているのがわかるでしょう。(p170)

 と称賛しているのだ。
 手厚い福祉…とは、あまり対価を払わないで財やサービスを受け取れるので、ほとんど現物支給に近い…そうすると「生きるために」あるいは「老後に備えて」必死に働く必要はなくなるだろう。提供される財やサービスが、市場を通さないで、利用者からカネをもらわないで、提供されるならば、財やサービスを提供するための資金、労働者の賃金などはどうするのか?という疑問はのこる。
 斎藤氏によれば、これは物象化の力をおさえる社会運動の力、これをマルクスは「アソシエーション(自発的な結社)」と呼ぶが、それが先にあって、そこから提供されているのだそうな。
 実はマルクス自身は「社会主義」や「コミュニズム」といった表現はほとんど使っていません。浸るべき社会のあり方を語るときに彼が繰り返し使っていたのは「アソシエーション」という言葉なのです。(p171)
 労働組合、協同組合、労働者政党、NGO,NPO、み~んな「アソシエーション」なんだそうな。
 マルクスが目指していたのは、ソ連のような官僚支配の社会ではなく、人々の自発的な連帯を基礎とした民主的社会なのです。(p171)
 ふえぇ~ん、そうなのだ‼
 失業保険をはじめとする社会保険や年金、公共図書館から公共医療まで、その発端は労働組合、協同組合、互助組織の実践による、自発的な相互扶助システムなのだそうな。
 現代社会ではこういった社会福祉制度も、国家の行政機構にしっかり組み込まれているから、ついつい税金の分配や「財源論」でものごとを考えてしまう。日本の「公共交通」なんかも「受益者負担原則」でサービスに対してそこそこのカネ払って利用せざるを得ないから、そうすると税制改革やMTTででてきたカネを国家がつぎ込むとかの「法学幻想」に陥ってしまうのだろう。
 
 ただ斎藤氏も当然、福祉国家を手放しで礼賛しているわけではない。本書では福祉国家の限界を4点
1.官僚制の肥大化の問題…アソシエーションに端を発したとはいえ、国家や行政権力の力、官僚制が大きくなること、また労働者民衆の自発的な参加から、大きな組合・組織にまかせっきりの受動的な状態に変わっていく、そのことで労働者もまた資本主義的な価値観を内面化するようになること。
2.南北問題…福祉国家の「再分配政策」が高度経済成長を前提とするものであるから、経済成長のためより弱い立場の者から搾取・収奪することになること。福祉国家があくまでも先進諸国の一国内で「脱商品化」を進めても、外部としての途上国や旧植民地国からの膨大な搾取に依拠してしまうこと。
3.自然環境の収奪…より弱い立場のののからの搾取を批判しないで、資本主義の恩恵を享受して満足する、「帝国的生活様式」を維持するための収奪と外部化は、大量生産、大量消費のライフスタイルが普及することで、自然環境がその犠牲になること。
4.福祉国家の家父長的性格、ジェンダー不平等を再生産してしまった問題…マジョリティ男性が労働者として毎日働けるための、ケアの労働は女性のものとされ、料理・洗濯・子育ては再生産に必要なものであるにもかかわらず、賃金もいっさい払われないまま放置されてきたこと。
 斎藤氏は、こうした福祉国家の限界にしっかり向き合わなければならないし、福祉国家を可能にしていた高度経済成長はもはや達成可能ではないし、気候変動のような地球の限界を前にしてさらなる外部化、収奪もできない、先進国中心で官僚的、男性中心主義的な運動は、社会を変えるために必要な広がりを欠くだろうとして。こうまとめている。
 つまり、階級だけでなく、ジェンダーや環境、人種の問題に取り組む、新しいアソシエーションと脱商品化の道を改めて考えなければなりません。そしてそれが<コモン>の再生であり、最晩年のマルクスが考えていた「脱成長コミュニズム」なのです。(p184)

「ゼロからの資本論」を読む(その2)

 斎藤幸平のゼロからの「資本論」(NHK出版新書2023年1月)を読んであちこち飛びながらのんびり解説するコーナー(その1)
 今回は「法学幻想」批判について…
 斎藤氏は5章 グッバイ・レーニン!においてまず
 その際にまず確認しておかなければならないのが、富の豊かさを取り戻すために、マルクスは一貫して、資本主義を超えた社会を構想していたという点です。つまり、資本主義の内部で、単に税金を上げて再分配をしたり、労働者の給料を上げたりするだけではだめだというのです。(p152)
 と切り出し、資本主義を超えた社会を展望しなかればならないと説いている。そして「グッバイ・レーニン!」の章題のとおり、ソ連、中国などの既存の「社会主義」を批判している…こんなものは、マルクスが構想していた「コミュニズム」ではない。民主主義も欠如している。むしろ「政治的資本主義(ブランコ・ミラノヴィッチ)」「国家資本主義」にすぎない。単に生産手段を私有から国有に変えるだけでは、社会主義ではないということだ。
 それではなぜ国有化と社会主義を結び付ける議論が強いのか?それは「政治の力」で達成できるからであり、経済の問題を国家や政治権力の力で解決しようとするのが「国家資本主義」の特徴だからである。そしてこう続ける
 マルクスはその危険性に気がついていました。彼は、表層的な資本主義理解に陥ると、革命や選挙などによって政権を奪取し法律を変えればいいという「法学幻想」が生まれてしまう。と警告しています。ところが現存した「社会主義」は、まさにそのような幻想に陥てしまったのです。(p168)
 と「法学幻想」についての批判に移る…資本(主義社会)と対抗できるアソシエーション…労働組合、協同組合、労働者政党からNPO,NGOまで…の力が弱まると
 マルクスによる「国家資本主義」や「法学幻想」の批判は今日その重要さを増しています。このような幻想は過去に限定される話ではないからです。労働運動が停滞し、アソシエーションが弱まるなかで、国家の強い力を利用した資本主義の改革案が、再び打ち出されるようになっているのです。(p173)
 と続くのだ。
 その「国家の強い力を利用した資本主義の改革案」として、ベーシックインカム(BI)、トマ・ピケティの税制改革案(所得税や法人税、相続税を上げることで大胆な再分配を実現する)、MMTにが掲げる大胆な財政出動「雇用保障プログラム」がやり玉に挙げられている。まぁ、このへんは「真実」だ!
 こういった改革は国家が資本に「大規制」をかけて増税とかを行うことになるが、資本は移動できない国家や労働者を超えて、好きなところで済なものに投資できる。この自由さが資本の権力や優位性の源となっているので、この自由を盾に「資本のストライキ」を起こすことになると斎藤氏は警告する(どういったストライキになるのかは不明)その「資本のストライキ」に打ち勝つためには、アソシエーションを軸とした相当な力の社会運動が必要になる。しかしそういったアソシエーションを作ろうという視点が、BIにも、ピケティにも、MMTにも乏しいと指摘している。
 そして、そのことは偶然ではありません。階級闘争なき時代にトップダウンで行えるような政治的改革が、BIであり、税制改革であり、MMTであるからです。これらは政策や法の議論が先行する「法学幻想」に囚われているのです。
 それに対して、物象化・アソシエーション・階級闘争というマルクス独自の視点をここに導入することは、思考や実践の幅を大きく広げてくれるし、これらの大胆な政策提案を実現するためにも、欠かせない前提条件なのです。(p178)

 と続けているのである。

 こういったことも念頭において、次はアソシエーションに支えられた福祉国家について語ろうと思うぞ。

「ゼロからの資本論」を読む(その1)

 斎藤幸平「ゼロからの資本論」(NHK出版新書 2023年1月)を読んでみた…
ゼロからの資本論_0001

 NHKはニュースはろくでもないが、様々ないい企画をやっている。そのうちのひとつ「100分de名著」の、2021年1月に放送されたマルクス「資本論」のテキストを底本にして加筆・修正し、新たに書き下ろした章を加えたものだそうな。ということで、非常にわかりやすい!
 章立てをみると、こんな感じ…
第1章 「商品」に振り回される私たち
第2章 なぜ過労死はなくならないのか
第3章 イノベーションが「クソどうでもいい仕事」を生む
第4章 緑の資本主義というおとぎ話
第5章 グッバイ・レーニン
第6章 コミュニズムが不可能だなんて誰が言った?
 となっている。

 本物の「資本論」では、まず「商品」の研究から延々と続き、商品に含まれる「価値」(あるいは富)とはなんぞや…というところを草津していくわけだが、斎藤幸平は「物質代謝」としての労働をまず考え、富(商品)は労働から生まれるとパッと説明してくれるわけだ。

 今回は、本書のあちこちをとびながら、のんびり解説といきたい…
 で、手始めに…富を生み出すものは「労働」である…ということは、どっかに富(価値)があれば、そこには労働が投入されたことになる。
ということで、第2章 なぜ過労死はなくならないのか の中には、これまで以上に労働時間が延長される問題が登場する…労働の場は、パソコンやネット環境、通信技術のおかげで”職場”の外にどんどん広がっていく。リモートで会議がおこなわれ、リゾート地でのわーケーションも可能だ。こういった働き方のせいで、仕事とプライベートの時間の境界が曖昧になり、電話やメールから目を離せない…いや…
 それだけではありません。私たちがグーグルやフェイスブックを使うと、そのデータは彼らに価値をもたらす「商品」となります。彼らは集めたデータを企業に売ったり、広告を出稿してもらったりして儲けているのです。
 私たちは、プライベートな時間に、プライベートな楽しみとしてfリスブックを使っていると思っていますが。フェイスブックに写真をアップしたりグーグルで検索したりすることで、彼らが必要としている「データ」という商品をGAFAのために生産し、せっせと働いているとも言えます。しかも、タダで!(P86)


おお、そうだったのか!

我々は、IT長者のために、タダ働きをしていたのか⁉

ということは、メタのマーク・ザッカーバーグやX(旧ツイッター)のイーロン・マスクは、われわれに賃金をはらわなければイケナイわけだ!

ザッカーバーグ、マスクは我々に賃金を支払え!
タダ働きは、やらないぞ!
暑い夏には、冷たいビールを支給しろ!
寒い冬には、熱々の鍋を支給しろ!


もちろん、斎藤幸平はこんな要求を掲げて展開はしないのであるが、これが「デジタル・プロレタリアート」、現代のスマホ中毒者に対する強搾取なのである…

社会運動の延長上で国家を変えられるか?

 先日の人新世の「資本論」(その5)記事の中で、斎藤幸平氏の国家観を以下のように”批判”した。

 しかし、気候変動の対処には、国家の力を使うことが欠かせないとしている…このへんで、斎藤氏はいまある「国家」をなにか超階級的に、与条件としてある必要なもの、としているようだ。第五~七章で豊かな「脱成長コミュニズム」社会を描いてはいるが、そこに至る過程が「社会運動を頑張って、現行国家に「脱成長コミュニズム」政策を突き付けるという形にしかなっていない感じだ。「労働者階級は、できあいの国家機構をそのまま掌握して、自分自身の目的のために行使することはできない」という、マルクスの国家論の基礎はどうなっているのだろうか?もっともこのあたりを“晩期マルクス”がどう考えていたのか?ということは研究の対象外だったのか、あるいは特に新しいことは見つからなかったのか?
 おそらくMEGA(メガ…世界各国の研究者たちが参加する新しい「マルクス・エンゲルス全集」の刊行事業)に伴うマルクスのノート研究から、マルクス主義国家観の深化・変更点は出てこなかったのか、それとも斎藤氏以外の別の研究者が担当したのかのどちらかなのであろうが、今のところ「労働者階級は、できあいの国家機構をそのまま掌握して、自分自身の目的のために行使することはできない」という点については変更しないでおこう。では「脱成長コミュニズム」社会をつくるためには、どうすれば良いのか?もう少し斎藤氏の言ってることを詳しく見てみよう。
 本書では、〈コモン〉、つまり、私的所有や国有とは異なる生産手段の水平的な共同管理こそが、コミュニズムの基盤になると唱えてきた。だが、それは、国家の力を拒絶することを意味しない。むしろ、インフラ整備や産業転換の必要性を考えれば、国家という解決手段を拒否することは愚かでさえある。(中略)
 その際、専門家や政治家たちのトップダウン型の統治形態に陥らないようにするためには、市民参画の主体性を育み、市民の意見が国家に反映されるプロセスを制度化していくことが欠かせない。
 そのためには、国家の力を前提にしながらも、〈コモン〉の領域を広げていくことによって、民主主義を議会の外へ広げ、生産の次元へと拡張していく必要がある。協同組合、社会的所有や「〈市民〉営化」がその一例だ。(第六章参照)
 同時に、議会制民主主義そのものも大きく変容しなくてはならない。(中略)
 生産の〈コモン〉化、ミュ二シパリズム、市民議会、市民が主体的に参画する民主主義が拡張すれば、どのような社会に住みたいかをめぐって、もっと根本的な議論を開始できるようになるだろう。(p355~356)
 長々と引用したが、まず「気候変動」対策、脱成長コミュニズム社会をつくるにあたって、インフラ整備や産業転換のために、それなりの”権力行使”が必要だと斎藤氏は考えているようだ。そのために「国家」という、最高の”権力”が(おそらくその暴力装置も含め)必要であるとする。ただ、その国家は既存の「議会制民主主義」や三権分立の下で成り立つ国民国家では”ない”ということなのだろう。
 「市民が主体的に参画する民主主義が拡張すれば」とあるので、私はそれを前回「社会運動」を頑張って、現行国家に「脱成長コミュニズム」政策を突き付けるという形であると”批判”したわけだ。ただよく考えれば、単純に”突き付ける”だけで既存の国家や行政が「脱成長コミュニズム」政策をとるわけは絶対にない!だから斎藤氏のイメージは”突き付ける”のではなく、「(私たちを)参画させる」ということであり、そのための「社会運動」ですよ!ということなのだろう。
 もっとイメージを膨らませば、既存の行政組織の中に、社会運動の力でもって様々な市民が参画できる空間・場をつくること、それによって既成の国家組織、行政組織に穴をあけ、浸食し、解体・変容させていく…それによって既存の”国家”は、マルクスが絶賛した”パリ・コミューン”のような組織に、徐々に変わっていくようなものとして捉えれば良いのだろうか?
 ここにはレーニンがやったような、権力をとにかく奪取して社会をあっという間に作り変える「革命」はない(おそらくこれをやろうとしてガチガチの「党」をつくり、権威主義的な「プロレタリア独裁国家」を作るイメージは「気候毛沢東主義」として斎藤氏は毛頭考えていないだろう)もっとも、市民参加のために議会で法律や条例を通す…というようなことも想定されるので、議会で多数をとって世の中を変革するという、日本共産党的なプロセスは排除されない…ただし、これをやる議会政党のバックには、社会運動がなければならない。

 話は少し手前みそにもなるが、「コロナ補償を求める大阪行動」では、ミナミの街に対する休業要請への謝罪・補償要求行動の中で、吉村大阪府知事宛にこんな要求を突き付けている。
2.過ちを繰り返す府知事独断のコロナ対策を中止し、全市民当事者が参加できる会議を行いそこで決めること。
 もちろん、こんな要求は維新・吉村が納得して認めるわけはないだろうが、コロナ対策がどうしょうもない危機に陥った時、この要求が通って実現すれば、革命的な行政が誕生するわけだ(「全市民当事者」をどうやって選び…「選挙」なのか「くじ引き」なのか…どのように参画していくか…身分、給与・報酬等…の制度設計はまた別にやらないといけない)

 とまぁ、こんなふうに徐々に市民の直接参画…もちろんこれは「直接民主主義」の拡大であって、代議制の拡大ではない…により、既存の国家を食い破り、浸食、変質させる「革命戦略」…非常に政治的、革命的に高度な路線であると思うが、いかがだろうか?

人新世の「資本論」(その1)

話題の「資本論」本その2は、「人新世の『資本論』」(斎藤幸平 2020年9月)である。
人新世の「資本論」 (集英社新書) [ 斎藤 幸平 ]
人新世の「資本論」 (集英社新書) [ 斎藤 幸平 ]
 人類の経済活動が地球に与える影響があまりに大きいことから、ノーベル化学賞受賞者であるバウル・クルッツェンは、地質学的に見て、地球は新しい年代に突入したとし、それを「人新世(じんしんせい)」(Anthropocene)と名付けた。斎藤氏は現在進行する「(経済活動に伴う)二酸化炭素排出による地球温暖化」を最大の危機と捉えている…が、「人類の経済活動で放出される二酸化炭素による地球温暖化」なる環境問題は実はハッタリであるのに、斎藤氏はなんら疑問をもたないまま「温暖化の脅威」を語るから世話はない。四○○万年前の「鮮新世」という古い話を持ち出さなくても「ミノア温暖期」「ローマ温暖期」「中世温暖期」という1000年周期ぐらいでに今よりも暖かい時代があったのだが、人類は大丈夫だった…産業革命期が小氷期で「寒すぎた」のだ。
 環境問題というのは「温暖化」そのものではなく、それ以外の過去の地球になかった要因、森林破壊や農地の酷使、廃棄物による汚染、都市化、水環境の破壊などがグローバルな影響を与えていることだ。これが二酸化炭素増大に伴う温暖化→その影響という「ドグマ」に惑わされて、きちんと認識されていないのだが、このへんを押さえておいたうえで、第一章 気候変動と帝国的生活様式 第二章 気候ケインズ主義の限界 を読むと、「温暖化による危機」アジり以外の点は、まさにその通り!としか言いようがないからしょうがない⁉
  帝国的生活様式とは、グローバル・サウス(グローバル化によって被害を受ける領域、人民を指す)からの資源やエネルギーの収奪に基づいた先進国のライフスタイルのことであり、グローバル・サウスの地域や社会集団からの収奪、代償の転嫁なしに帝国的生活様式は維持できないということ自体が問題である。これはグローバル資本主義の構造に依拠している。ウォーラーステインの言う「世界システム」論を拡張して言えば、資本主義は「中核」と「周辺」で構成されており、中核部は資源を周辺部(グローバル・サウス)から略奪し、同時に経済発展の背後にあるコストや負荷(環境問題)を周辺部に押し付けているのである。しかし、人類の経済活動が全地球を覆った「人新世」は、そのような収奪や転嫁を行う外部が消滅した時代である…資本の力では克服できない限界により、危機が始まるのだ(このへんは資本主義の終焉を主張する水野和夫氏と相通じるものがあるだろう)
 
 グリーン・ニューディールとは、再生可能エネルギーや電気自動車などを普及させるために大型の財政支出や公共投資を行うもので、安定した高賃金の雇用を生み出し、景気を刺激して投資を生み、持続可能な緑の経済への移行を加速させるものだ。しかしグリーン技術は、その生産過程まで目を向けると決してグリーンなものではない。例えば電気自動車の生産、その原料の採掘でも石油燃料は使用されるし、増大する電力消費量を補うため、ますます大量の「太陽光パネル」や「風力発電」(これらも当然、石油燃料を大量に使用しないと作ることは出来ない)の設置が必要となり、資源が採掘される。経済成長を求める限り、環境問題の根本的解決は難しい。 そこで筆者は「脱成長」を提案する…ではその中身をどうするかを、第三章 資本主義システムでの脱成長を撃つ で展開する。
  開発経済の分野では、南北問題の解決には経済成長ことが鍵であるとされているが、そのモデルは行き詰まりつつある。生産や分配をどのように組織し、社会的リソースをどのように配置するかで、社会の繁栄は大きく変わるからだ。公正な社会が求められている。グローバルな公正さという観点で見ると、資本主義はまったく機能していない。
  公正とか、平等を軸に考えた時、未来の形はどうなるのか筆者は俯瞰する。横軸に平等さ、縦軸に権力の強さを示した図14(p113)に示している。①気候ファシズム…現状維持、資本主義と経済成長にしがみついた新自由主義社会の究極で社会 ②野蛮状態…①によって環境が破壊され、99%の反乱が「勝利」するものの「万人の万人に対する闘争」に逆戻りしてしまう(別名は「『北斗の拳』状態)?)③気候毛沢東主義…②を避けるため、トップダウン的な環境対策を強権的に行う、自由市場や自由民主主義の理念は捨てられる(かつてはこれを「環境ファシズム」という言い方をしていた…若い人は誰も知らない「毛沢東主義」をここで出してきたのは、これがかつて「資本主義」「帝国主義」への強烈なアンチテーゼとして存在していたことを“復活”させたのであろう)で、そうならないための④X…強い国家に依存せず、民主主義的な相互扶助を人々が自発的に取り組みながら環境問題に取り組む社会…である。
  ④を目指すにあたっての大前提「脱成長」は資本主義では成立しない。「脱成長資本主義」はあり得ないの…もっとラディカルな資本主義批判を摂取する必要がある。それが「コミュニズム」であり、カール・マルクスと脱成長を統合する必然性が浮かび上がるのだ!と筆者は説く。
 次章から、かなり刺激的な「マルクス論」が展開される(つづく)
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あるみさんとは

あるみさん

左翼、時々テツ!ちょっぴり萌え系…白系共産趣味ブログであったが、どうも本人のスピリットは赤か黒らしい。闘争・集会ネタが主。主戦場は沖縄・辺野古。
 もとネタは、鉄道むすめのメットキャラ「金沢あるみ」さん。フィギュアを手に入れ、メットを白く塗ったりして遊んでいた。「あるみさん」つながりで「すのこタン。」も要チェック!
 「侵略!イカ娘」からはまったのは「ガールズ&パンツァー」…梅田解放区の隠れ「ガルパンおじさん」でもあるが、今は「はたらく細胞」の「血小板ちゃん」にハマり(おいおい)人間が朝の6時に起きれるか!という謎のコンセプトで生きている。

メールは、nishihansenあっとyahoo.co.jpまで(あっとを@に変更して下さい)
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