たたかうあるみさんのブログMKⅡ

み~んなそろって、闘争勝利!でもやっぱりメットは、白でしょ⁉ということにしておこう。

容量がいっぱいになった「たたかうあるみさんのブログ」を移動して、2020年7月に新たに開設した、共産趣味鉄道ヲタブログ⁉…旅行、萌え系ネタ⁉もあります。

維新

都構想と疑惑逃れの大阪ダブル選挙弾劾‼

 高市逃亡解散で維新もまた疑惑を追及されることがなくなり、ほくそ笑んでいると書いたが、維新は大阪でさらに悪辣なことをやり出した。ご存じの方も多いと思うが、読売新聞ニュース
大阪市長・府知事の「ダブル選」確定、衆院選も2月8日実施なら「トリプル選」に…3度目「大阪都構想」挑戦へ
 大阪市選挙管理委員会は19日、横山英幸市長(日本維新の会副代表)の辞職に伴う市長選を、2月8日投開票が見込まれる衆院選と同日にすることを決定した。大阪府知事選も衆院選との同日実施がすでに決まっており、市長選を含めた「トリプル選」となる。衆院選が2月8日投開票の場合、知事選は今月22日、市長選は25日に告示される。
 横山氏は3度目の「大阪都構想」への挑戦に向け、大阪府の吉村洋文知事(日本維新の会代表)とともに出直しダブル選を仕掛けた。

 日本維新の会、共同代表で大阪府知事でもある吉村洋文と、維新で大阪市長の横山英幸市長がそろって「辞任」し、大阪都構想の実現を公約に掲げて、選挙に打って出るというのである。大阪都構想は、大阪市を解体して権限の少ない特別区に分割し、大阪市の持っている権限や予算を大阪府(大阪都?)に移して、大都市中心の再開発やインフラ整備を行おうというものである。「大阪都構想」の法的根拠となる「大都市地域における特別区の設置に関する法律」では、都構想を実施するにあたり住民投票で民意を問うことになっており、2015年に1回目の、そして2020年に2回目の住民投票が行われた。2回とも「大阪都構想」は反対票が多く、大阪市民からNO!を突きつけられたのである。
 2回目の住民投票で敗北した吉村大阪府知事は、都構想について「自分の任期中に3回目はない」とはっきり宣言した。にもかかわらず、高市自民党政権と連立を組むと同時に大阪を「副首都」にする構想を引っ提げて、都構想に3度挑戦しようとたくらんでいるのだ。
 そして高市解散で維新を批判する他党・勢力が国政選挙で準備ができないスキをついて、辞職、再選挙を行うことでどさくさまぎれに「勝利」し、民意を得たとして都構想を実現させようとしているのだ!
 意味のない首長辞職である…不祥事だらけの維新ではあるが、市民・府民や議会から辞職要求がでているわけでもないのに、都構想の信を問う選挙を行うためだけで選挙を行う。しかも再選されたところで、任期は辞職しない場合と変わらず2年後の4月8日までと変わらない。何のための知事・市長のダブル選挙なのか!しかも立候補者がおらず無投票ということになっても、信任を得たとして任期中にも3度目の都構想住民投票を行うという。(無所属r連合の大西恒樹が都構想反対で立候補を表明したそうだ。)
 さすがに大阪府内の維新議員からも不満がでているようだ。衆議院選挙で忙しい中、市長選挙、知事選挙も戦わなければならない。自治体も選挙準備により謀殺される!みんなが悲鳴を上げている。選挙をやるにも自治体のお金がかかる、それを無駄にしないための同時選挙だと言い張る…選挙に使う金があるんだったら、万博未払い工事代金の支払いを建て替えろ‼
 また選挙を行うことで、これまた問題になっている「国保逃れ」疑惑等の追及を大阪でもうやむやにしようとしている魂胆も丸見えだ!

 対抗すべき大阪の自民党は、最悪の差別主義者、杉田水脈を大阪5区で擁立(れいわ新選組衆議院議員、大石あきこの選挙区である)するなど腐敗と混迷を極め、できたばかりの「立憲公明」連合は未知数である。共産党も組織力を落としている…しかし、こういった中でも選挙をたたかい抜き、吉村・横山に鉄槌を下そうではないか‼

都構想のための大阪ダブル選挙弾劾!
維新を引きずりおろし、ぐっちょんぐっちょんにしよう‼

脱法社会保険料逃れの維新を許すな!

維新の議員が、自分たちだけで社会保険料を安く上げる(国民健康保険逃れ)をやっている疑惑が報道されている。まずはY!ニュースMBS
維新議員の“国保逃れ”疑惑 全所属議員らを調査へ「脱法スキームであれば問題」
 維新の議員が、一般社団法人の理事に就任して国民健康保険料の支払いを逃れていると指摘されたことを受け、維新は全ての所属議員らを対象に調査すると明らかにしました。
 12月10日、自民党の大阪府議は、維新の議員が一般社団法人の理事となり社会保険料を納めることで、国民健康保険料の支払いを逃れている疑いがあると府議会の本会議で指摘しました。
 日本維新の会は、「脱法スキームだと認められるのであれば問題だ」として、全ての所属議員などを調査すると発表しました。
 維新はこの法人の登記に名前がある人物が兵庫県議らだと認めていて、12月26日にも結果を取りまとめたいとしています。

 どうやって”社会保険料を安く”しているのか?集英社オンラインが記事にしている。
〈自分たちだけ社会保険料を減らす脱法スキーム〉国会で暴露された維新議員の「国民健康保険料逃れ」疑惑…その悪質な手口と呆れた勧誘文書
(前略)
 維新議員たちが理事に就いていたのは、2021年9月に設立され京都市下京区に主たる事務所を置くと登記簿に記載がある「一般社団法人E(仮名)」。
12月10日の大阪府議会で、自民党の占部走馬府議が質疑で問題を暴露した。
「通常、個人事業主や企業に属さない方は国民健康保険に加入していますが、一定の所得以上の方が最低額の社会保険に加入してその費用を抑える手口があるようです」
 そう切り出した占部府議が説明した手口はこうだ。
 まず、一般社団法人が自営業者を理事に就け、少額の「理事報酬」を支払うことで、自営業者に社会保険加入資格をつくる。
 一般社団法人は、一度この低額の報酬に応じた最低水準の社会保険料の会社負担分を国に納めることになるが、自営業者から理事報酬と社会保険料の負担分に「取り分」をプラスした「協力金」を受け取る――。
 自営業者は保険料を削減することができ、一般社団法人側は「取り分」を手にすることができるというわけだ。
 占部議員は「実質的な制度の悪用」と指摘。自営業者が社団法人理事として行なう「業務」はアンケートの回答程度しかないとし、「本来の趣旨を外れた脱法的運用」との指摘が出ていることもつけ加えた。
 ここまで維新の「い」の字も出さなかった占部府議は、維新代表でもある吉村洋文知事に対し「この脱法的な制度を規制する働きかけをしていただきたい」と対処を要望。これに吉村知事が「ご指摘の事案というものが不正であれば、当然許されるものではない」と答えたのを待って、維新関係者の関与を公表した。
 「この手法の広がりを知ったのはビジネス交流会で勧誘を受けた方が相談に来られたのがきっかけです。(相談に来た人が)『違法ではないか』と尋ねたところ、勧誘者は『維新の会の議員も多く利用しているので問題ない』という説明をされたということでした。
 その勧誘者が示した法人の登記簿を取り寄せると、代表理事は維新の会の衆議院議員の元公設秘書で県議選の公認候補者でもありました。そして理事が660名もいる。その理事の中には、維新の会の議員と同姓同名の方も複数おられました」(占部府議)
 集英社オンラインがこのE法人の登記記載内容を確認すると、維新所属の6人の国会・地方議員と同姓同名の人物が理事欄に名を連ねていた。(以下略)

 記事は続くが、すごく怪しいお話しだ…なお表題に「国会で暴露」とあるが、これな後に国民民主党の足立康史参議院議員(ちなみに、元維新である)が16日の参院総務委員会でE法人の実名を公表したからである。
 記事中の「E法人」による「勧誘文書」を見てみると…
 この提案に乗ると自営業者は入会金3万と月々の会費を支払いE法人の理事に就任する。月会費の額は明示されておらず、加入者の所得に応じて異なるとみられる。
 E法人は「社会保険料負担額を最低水準に落とす」ために試算した給与所得(理事報酬)を自営業者に支払うが、その額は社会保険料の天引き後は「数百円」という少額だ。
 労働基準法が生活を保障するための最低賃金を定めている関係で、月額8万8000円以上の報酬がなければ本来は社会保険に加入できない。だが勧誘文書は、理事は労基法の管轄外の役員であるため金額に法的な制約はなく「極端に言えば、給与ゼロでもOK」と主張している。
 こうして理事となった会員が行なう「業務」として勧誘文書は、①社会制度や年金制度の知識向上の研鑽、②簡単なアンケート報告、③社団法人(E法人)の事業拡大への協力――の三つを挙げている。
 国会で勧誘文書の内容を公表した足立議員は「これが業務か」とこき下ろし、特に③を挙げて「ネズミ講とは言わないが、要は理事になった人はさらに理事を勧誘してくださいということだ」と問題点を指摘した。

 また記事によれば、この「E法人」の実態はどうもなさそうだ。
 要するに、”架空の”法人に理事として勤めて、わずかな「給与」をもらうことで、最低限の負担でその法人か加盟する健康保険に加入するという仕組みである。その見返りとして法人が「給与+社会保険料負担」以上の会費をもらえればエエということだ。

 議員は原則、兼業禁止でありまた「自営業」扱いである。だから本来は国民健康保険に入らなければならないのだが、国会議員ともなれば収入がそこそこあるので、その負担も大きい…そこでこの方法で「国保逃れ」をしようということなのだ。

 そしてそれを「身を切る改革」で税や社会保険料負担を減らすと”公約”している、維新の議員が率先してやっているということである。社会保険料の負担を減らしますよ!という飴を掲げながら、その実医療費の負担増や、医療の切り捨てで市民の負担を増やす輩が、自分たちだけこっそり「脱泡スキーム」を使って社会保険料を「安く」しているのである。こんな連中を許してはならない!
 また自民党の占部府議がこの問題を府議会で取り上げたのが、12月10日…週刊誌系やしんぶん赤旗などでこの問題は取り上げられたものの、関西のマスコミはこれを報道せず、10日以上もだんまり…お昼のバラエティなどに吉村府知事を呼んで、おべんちゃらトークを繰り広げるも、ほとんどだれも吉村にこの疑惑を追及するということはしなかった…改めて関西マスコミの「維新忖度」が続いているのである。これも徹底的に弾劾しなければならない!

維新は脱法スキームで国保逃れをするのをやめろ!
国民健康保険料をちゃんと支払え!
関西マスコミは維新を追及しろ!

3度目の大阪都構想の芽を摘もう!

 維新が3度目の「大阪都構想」に向けて動き出している…毎日新聞WEB版より
大阪維新、都構想検討チーム発足 25年末までに設計図まとめる方針
 大阪維新の会は17日、「大阪都構想」のあり方を党内で検討するチームを発足させた。リーダーには高見亮・大阪市議=3期目=が就き、府議や市議、衆院議員ら計7人で構成する。専門家の意見を聴きながら、2025年末までにチームとしての設計図をまとめる方針。
 吉村洋文代表(大阪府知事)が11月、大阪維新の代表選で再選された際、住民投票で過去2回否決された大阪都構想について党内で検討すると表明していた。
 検討する項目として、副首都にふさわしい大阪を目指す▽大阪に残った課題を解決する▽住民サービスを拡充する――の3点を掲げた。スケジュールは、設計コンセプトの作成▽大阪の状況・問題把握▽区割りを含めた設計図の作成――の三つのフェーズ(段階)に分けて検討を進める。
 高見氏は17日に記者会見し「大阪都構想が、よりよい大阪を作るための手段になりうるかどうか検討したい」と述べた。良い設計図ができなかった場合は、検討作業を終えることも視野に入れているという。大阪に残った課題の具体例としては、水道や消防事業の一元化などを挙げた。【鈴木拓也】

 過去に2回も住民投票で否決された「大坂都構想」を、また引きずり出してきた。最も、維新は先の衆議院選挙で議席を減らし、大阪以外では選挙に勝てなくなった。11月の代表選挙では吉村洋文大阪府知事が「再選」され、維新は再び大阪の地域政党に純化して出直しを図ることになる。ところが肝心の大阪・関西においても維新の凋落は始まっており、首長選挙で勝てない、比例得票数は減少している。吉村が進めてきた大阪関西万博は、開幕4ヶ月前でもまったく盛り上がらず、失敗は確実である。カジノ・IRについても全く先が見えない…そんな中で、支持者をつなぎ留め、支持率を上げるには「大阪都構想」を何度でも復活させるしかない!というところなのだ。
 しかし、大阪市を特別区に解体して、財政を取り上げそれを大阪府が使うという、都構想の本質は過去2回の住民投票で明らかになった。そしてその使い道も、維新行政であれば大阪市域内の再開発、すなわちカネをかければ儲かるところに集中される…ということであれば、わざわざ大阪市を廃止し、地理的・歴史的な都市構造を無視して分割した特別区にすることにどのくらいの意味があるのか?そのためにわざわざ役所の組織を解体・再編し、庁舎を移転する(「身を切る改革」ということで新たな庁舎はつくらないだろうが…)、それ以前に「住民投票」のため膨大な税金を使い、府民・市民の対立をあおることこそ、壮大な無駄事業である!断固粉砕あるのみだ‼
 そもそも吉村は2回目の住民投票で都構想が否決されたとき「都構想は僕が挑戦することはありません」と述べている(2020年11月1日朝日新聞デジタル記事)4年たってその言葉をひっくり返した、大ウソつきの吉村洋文を許してはならない。3度目の大阪都構想を、芽のうちから粉砕し、葬り去ろう‼

「財政ポピュリズム」はなぜ問題なのか?

 先日紹介した「検証 大阪維新の会「財政ポピュリズム」の正体」(吉弘憲介 ちくま新書 2024年7月)の紹介のつづき…(前回はこちら
検証「大阪維新の会」20240813

検証 大阪維新の会 「財政ポピュリズム」の正体 (ちくま新書 1802) [ 吉弘 憲介 ]
検証 大阪維新の会 「財政ポピュリズム」の正体 (ちくま新書 1802) [ 吉弘 憲介 ]
 大阪で維新がとってきた「財政ポピュリズム」政策について、吉弘氏は
①既存の資源配分を既得権益として解体し②その資源をできるだけ広く配分し直す、その結果③それまで財政を通じた受益を感じづらかったマジョリティからの支持が強化される、というメカニズムが働いていることを浮かび上がらせた。(p183)
と書いている。広く配分し直す際に使われるのは「普遍主義」という考え方なのである。ところが「普遍主義」で税金を使うということは一見「良いこと」のように見える…税金を個人個人の「頭割り」に配分することは「公平」であるようにみえて、それを政治・政党への支持をつなぎとめるために使うことは非常に問題があるのだ。吉弘氏は述べる…
本来、財政によって供給される「公共財」は、利益を個人に分割できない(しない)からこそ、共同の税負担で賄うことが正当化される。さらに、私的財と違い、公共財をどれだけ社会に供給するかは、市場メカニズムによって決めることができない。ここで、共同の経済活動の支出水準や負担構造を決めるのは、個人の地益を超えた「価値」にもとづくのである。(p185)
私たちの世界には、歴史、民族、規範、環境の異なった多様な社会が存在する。その中で、多種多様な財政支出が構成されるためには、個人利益を超えた多様な価値観の共有が必要になる。仮に私的財であっても、社会が共有する価値観に照らして政府が供給すべき財は、財政によって賄われるべきである。これが「価値財」という考え方である。しかし、ある価値に即して共同負担で購入された財やサービスであっても、自己利益追求の視点からは「既得権益」と映ることもあるだろう。
 財政ポピュリズムは、価値によって集合した経済行為を、個人の利益に繰り戻すことで支持を調達する手法である。それは、「集合的経済行為=財政」の根源的否定をはらんでいる。(p186)

 たとえば維新の目玉政策である、高校教育の無償化…所得制限なしで私学であっても授業料が”無料”になる…というのは「普遍主義」に基づく税金の分配であり、多くの人が利益を受け、支持するであろう。そのかわり、公立高校の統廃合が進む、どんな地域に住んでいても、自転車で公立高校に通える(少なくともその選択肢がある)という”一部の”人の便益はなくなる(既得権益?)だけでなく、公的な高校教育を自治体が責任もって行うという「価値観」そのものを否定し、ぶっ壊すことになるわけだ。「学校にいくための金さえだせばエエ」というものではない。
 また「価値観」が共有されない(財政)政策は、維新が打ち出したものであっても支持されない…これが「都構想」が否決され、万博やIR事業への機運醸成に必ずしも成功していないり理由である。これらは「共同の負担によって共同の利益を実現しようとする、まさに財政そのものといえるプロジェクトである。」(p186)からだ。
 また「財政ポピュリズム」は、均衡財政主義とも相性がいい。本来「普遍主義」で税金を配分するには、政府に対する不信感が払拭され、増税や政府規模の膨張に対し人びとの同意を得ながらなされるべきものである。北欧の福祉国家が良い事例である。ところが大阪におけるそれは「増税に対する反発や既存の財政支出への批判を伴った」(p188)ものであり、それこそが「財政ポピュリズム」なのだ。ということは、自民党の「裏金政治」が是正されずに続く限り、いつまでも維新やその他勢力の「財政ポピュリズム」も続く…それは公共という価値観の破壊につながるのだ!
 「財政ポピュリズム」を支持する人は、けっこういるだろう…それが大阪における「維新支持」にもつながっている。
 これまで、税金や社会保険を負担させられながら、そのリターンを享受できたという実感が乏しい人びとは、たとえ誰かが困ろうと、事故里ケ飢餓確保される政治に魅力を感じるかもしれない。
 ここで、注意深く考えなかればならないのは、それでも財政は、個人の合理性を超えた集団の意思決定によって駆動し、さらにそれは回りまわって全体の利益につながってきたという事実である。(p190~191)
 大事なのは、先の公的教育のような事例では、個人が自分に利益があること以外を行わないと合理的に振るまえば、正の外部性が生まれないことである。例えば、自分の子どもに対する教育だけを望んで、公的な教育サービスに対する負担を渋れば、それは回りまわって全体で得られたはずの正の外部性を消し去ってしまう。そして、外部性が消え去った貧しい未来で暮らすことになるのは、他ならぬ自分の子どもたちである。この矛盾を乗り越えるためにこそ、個人の利益を乗り越えて、社会全体の価値を実現しようとする行為、つまり財政がある。(p191~192)

 ということで「財政ポピュリズム」に対抗するため吉弘氏は、個人間で「共有される価値」を立て直すことが必要不可欠であり、「一見遠回りに思えるかもしれないが、共有される価値を再建することが、私たちが真に成長を実感できる社会を生み出すのである」(p195)と結んでいる。しかし、そのための「特効薬」や有効な政策・手段を提起しているわけではない…ただ、こうも言える…維新に対抗するため、維新に学んで「財政ポピュリズム」的な政策・手段を用いてはならない、当面、支持されなくとも「共有される価値」を掲げて、それを取り戻そう!とする政治を目指すべきである、ということだ。 

大阪維新と「財政ポピュリズム」

 ちくま新書から「検証大阪維新の会 「財政ポピュリズム」の正体」(吉弘憲介 2024年7月)という維新検証本が出ているので、読んでみた。
検証「大阪維新の会」20240813



検証 大阪維新の会 「財政ポピュリズム」の正体 (ちくま新書 1802) [ 吉弘 憲介 ]
検証 大阪維新の会 「財政ポピュリズム」の正体 (ちくま新書 1802) [ 吉弘 憲介 ]

 なぜ維新が(大阪で)支持されているのか、どういった層が維新を支持しているのか?ということについて検証している本や論考は多いが、本書では年齢や所得階層で分けられた特定の層が維新を支持しているわけでも、あるいは維新を支持している大阪の民衆が「特殊な人びと」というわけではないこと、維新支持でも個々の政策には「是々非々」の合理的な判断を下していること(例えば都構想や万博など)を示している。維新は新自由主義を標榜する政党であるが、大阪の行財政は必ずしも維新がかかげるような「小さな政府」にはなっていない(アメリカのレーガン政権でさえ、財政運営については「小さな政府」にはなっていないそうだ)…いったん大きくなった財政をカンタンに「小さな政府」に変えることは、非常に困難なことなのだろう。吉弘氏は、本書第四章「財政から読みとくー維新の会は「小さな政府」か の最初のほうで、
 大阪維新の会の政策についても、新自由主義や「小さな政府」論という観点から理解したり批判したりすることが、適切ではなくなっている。(p103)
 この第四章で、大阪市財政を分析し、大阪維新の財政運営について
①公務員改革による人件費と公務員の大幅な削減。
②外郭団体の削減、委託事業の民間部門への割り当て。
③地方債の返済、新規の市債発行の抑制、債務総額の減少。
④教育費における頭割りの普遍主義、社会保障の緩やかな削減。
⑤都市中心部開発による投資的経費の増大(コロナ禍においても同傾向)。(p144)

というふうにまとめている。維新行政とは、①②でういたお金を、③④⑤にまわすという手法をとっているわけだ。また維新批判派は、①②③を見て維新を、新自由主義政治と批判してきたわけである。
 ここで④に「普遍主義」という言葉がでてくる…これは公共財や、教育や医療といった人間の尊厳や生命を守るためのサービスを政府がどう分配するか?というときに、自力ではサービスを購入できない人、困窮者にたいしてのみ提供していくというのが「選別主義」であり、国民全体に提供するというのが「普遍主義」である。大阪維新がすすめる私立高校の授業料無償化やその所得制限の撤廃という政策は、普遍主義にもとづくものなのである。
 一般的に「普遍主義」に基づいて政府が公共サービスを提供するほうが、「選別主義」よりも多くの財源が必要となる。ところが大阪市の人口一人当たりに支出される公的な教育費は2011年前後と比較しても大きく変わっているわけではない。ただ内訳けをみると、例えば事務手続きや教育委員会業務を扱う教育総務費や、特別支援学校の運営費は下がっており(後者については大阪府に移管したため、実質0である)小学校費、中学校費はあがっている。教育総務費は公務員人件費抑制の面から説明できるが、特別支援学校運営費削減はマイノリティのニーズには答えない…ということである。これを吉弘氏は
 限られた財源の範囲内でマジョリティへの配分を意識する維新の教育政策は、普遍主義的な発想でありながら、その陰でマイノリティから財を奪い、社会的分断を生み出しかねない。(p136)
と述べている。
 既存の「選別主義」の配分では、支出の対象が低所得者や社会的に困難を抱えている人、マイノリティに限られるのだが、それでは中間層以上には公共サービスの配分を受けられない…マジョリティにとっては受益の機会が乏しいわけだ…その既存の「選別主義」よる配分を「既得権益だ!」と攻撃して解体し、その予算を頭割りで「普遍主義」的に配分する…それが維新のやってきた、私立高校の授業料無償化などの教育財政なのである。吉弘氏はいう
 不要な支出を削減し、新たに必要な対象に普遍的に配るのであれば、資源配分上の問題は生じないだろう。問題は、既存の配分方法が、特定の人びとにとっては必要不可欠なサービスであった場合である。人びとが持つ財政や政府に対する不信感を梃子に登場した政党だからこそ、彼らは何としても毀損の配分が「無駄なもの」であると主張しなくてはならない。また、追加の税負担を市民に強いることは、極力避けなくてはならない。この性格は、維新の会の財政運営が極めて均衡財政主義的であったことからもうかがえる。
 以上の制約の中で生まれるのが、財政ポピュリズムである。既存の配分を取り上げ、頭割りに配り
直すことで人びとの支持を調達する。しかし、追加の税負担を要求することは、過去に行った既得権益批判の文脈から難しくなる。こうした中で、自らの支持者に配分するための資源を確保するには、マイノリティへの配慮を欠いてでも既存の配分を解体するしかなくなるのである。
 この条件のもとでは、仮に配分方法が普遍主義的であったとしても、改革後の公共サービスが社会の各分野において必要水準を十分満たしているとは言い難くなる。そもそも、所得制限を撤廃した教育費無償化政策には「マタイ効果」と呼ばれる格差の拡大を助長する効果も指摘されており、普遍主義的な配分が自動的に社会内の問題を解決するわけではない。近年、オランダでは普遍主義的配分がもたらす格差拡大効果が問題視され、選別主義と普遍主義の両方をバランスよく組み合わせることこそ重要であるとの指摘もなされている。それを考えると、大阪維新の会が行った政策の合意は、日本国内にとどまらず世界的に共通した公共政策上の隘路といえるかもしれない。(p147~148)

 「財政ポピュリズム」という言葉がでてきたが、要するに「選別主義」的な財政運営をしていればその恩恵を得られない中間層、マジョリティ(単なる新自由主義における「勝ち組」ではないことに注意!)の支持をとりつけるため、既存の配分を(暴力的にでも)解体して「普遍主義」的に頭割りで分配しましょう!ということだ。なるほど、これが「身を切る改革」「既得権益と闘う」維新を支持する多くの人びとの”根源的”な理由かな?ということがよく理解できる。
 しかし、財政ポピュリズムが「自己利益を最大化する合理的個人」からいくら支持されても、公共財・サービスというものは市場を通じて合理的に取引しても供給できないものである。そのため
財政は個人の合理性を超えて運営されなければならない…要するに「理想」「理念」が必要なのだ…吉弘氏は
 維新の会が行う財政ポピュリズムが合理的個人にとって魅力的に映るとしても、それは財政の本質的な否定にほかならない。財政を信用できないからといって、財政を解体して個人に繰り戻しても、社会全体は徐々に貧しくなっていくことになるだろう。(p149)
 と述べている。

 「財政ポピュリズム」の問題については、また別途ふれていきたい。
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あるみさんとは

あるみさん

左翼、時々テツ!ちょっぴり萌え系…白系共産趣味ブログであったが、どうも本人のスピリットは赤か黒らしい。闘争・集会ネタが主。主戦場は沖縄・辺野古。
 もとネタは、鉄道むすめのメットキャラ「金沢あるみ」さん。フィギュアを手に入れ、メットを白く塗ったりして遊んでいた。「あるみさん」つながりで「すのこタン。」も要チェック!
 「侵略!イカ娘」からはまったのは「ガールズ&パンツァー」…梅田解放区の隠れ「ガルパンおじさん」でもあるが、今は「はたらく細胞」の「血小板ちゃん」にハマり(おいおい)人間が朝の6時に起きれるか!という謎のコンセプトで生きている。

メールは、nishihansenあっとyahoo.co.jpまで(あっとを@に変更して下さい)
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