さて、ぼちぼちこの本をダラダラとレビューする?ことにしよう。
はじめに言っておくと、本書は政治家を目指す大石あきこ氏の「宣言」みたいなもの…どうゆう立ち位置で政治家を目指すのか?ということが書かれている。「反維新」「反都構想」を掲げる人、あるいは「新選組」や、薔薇マークキャンペーンが掲げる「反緊縮」政策に関心がある人は、読んでおくべきかと思うが、あまり目新しいことを書いているわけではない。入門書?みたいなモンか。
で、いきなり第3章、松尾匡氏との対談ででてくる「MMT×マルクス」モデルについてである。大石氏のちょっと前のブログ記事にあるヤツ。
お金や実態価値が、富裕層の側にどかぁ~んと割り当てられていて、そっち側が傾いている。「富裕層」が優遇され、庶民の側にまわらない…それを①賃上げ②庶民への政府支出(MMT)③富裕層への課税 でならしていこう!というもの。
ブログ記事の最後の方には

いやぁ~「プロレタリア独裁」が表されているじゃないか!このへんはすごく「マルクス主義」的である。あえて言うなら「完全自主生産」をするには労働運動がそのまま”勝利”するのではなく、その過程で生産協同組合運動になる必要があること(協働組合については、大石氏もちょっとは触れている)この段階ででてくる「お金」は、実は通貨ではなく「プロレタリア独裁国家」(≒社会)が発行する「労働証書(労働者がこれだけの労働をしたのでこれだけの価値物を引き出せると証明するもの)」であることだ。そして大石モデルでもそうだが、「労働(価値物)」=「労働証書(お金)」である。ちなみにMMTは国家が通貨を発行するから、通貨なのだ!という理論であるが、それはプロレタリア国家も「労働証書」を発行する力を持っていることを示している。ただしMMTでは労働(とそれが生産した価値量)に通貨発行はとらわれない、過剰に発行することは可能であるが、労働(とそれが生産した価値量)よりあまりにも多くなるとインフレになるので、国家が徴税し、通貨を回収するということだ。
で、この図表なんかを松尾匡氏がべた褒めしているわけだが(この人は褒めるのは上手い)
もっとも、松尾氏が「資本主義擁護論みたいに言われる」のは、大石氏と違って、資本家から収奪するとか、資本をぶっ壊すとかいうことをちゃんと明言しないからであり、加えて”MMT”で財政出動させたお金が、めぐりめぐって資本となって”悪さ”をすることをネグっているからである。
はじめに言っておくと、本書は政治家を目指す大石あきこ氏の「宣言」みたいなもの…どうゆう立ち位置で政治家を目指すのか?ということが書かれている。「反維新」「反都構想」を掲げる人、あるいは「新選組」や、薔薇マークキャンペーンが掲げる「反緊縮」政策に関心がある人は、読んでおくべきかと思うが、あまり目新しいことを書いているわけではない。入門書?みたいなモンか。
で、いきなり第3章、松尾匡氏との対談ででてくる「MMT×マルクス」モデルについてである。大石氏のちょっと前のブログ記事にあるヤツ。
お金や実態価値が、富裕層の側にどかぁ~んと割り当てられていて、そっち側が傾いている。「富裕層」が優遇され、庶民の側にまわらない…それを①賃上げ②庶民への政府支出(MMT)③富裕層への課税 でならしていこう!というもの。

ブログ記事の最後の方には
大石 ええ、続きがありまして・・・ーーーーーー試し読み記事はここまで。続きのラストの図は、ぜひ本を読んでくださいませ!!
となっており、図表15まで紹介されている…ということは、図表16は本を買って確認しないとイケナイわけだ。
で、私も本を買って確認した…①②③を思いきり拡充して、「富裕層」がいなくなっている‼(図表16は、当然私も公表しない)はっきり言うと、このシーソーのようなモデルは「マルクス主義」でもなんでもないのであるが、俗に考えられている「社会主義社会」への道をイメージしているとは思う。
ただ、図表13には労働運動が「闘争勝利」して「完全自主生産」をしている。で、私も本を買って確認した…①②③を思いきり拡充して、「富裕層」がいなくなっている‼(図表16は、当然私も公表しない)はっきり言うと、このシーソーのようなモデルは「マルクス主義」でもなんでもないのであるが、俗に考えられている「社会主義社会」への道をイメージしているとは思う。

いやぁ~「プロレタリア独裁」が表されているじゃないか!このへんはすごく「マルクス主義」的である。あえて言うなら「完全自主生産」をするには労働運動がそのまま”勝利”するのではなく、その過程で生産協同組合運動になる必要があること(協働組合については、大石氏もちょっとは触れている)この段階ででてくる「お金」は、実は通貨ではなく「プロレタリア独裁国家」(≒社会)が発行する「労働証書(労働者がこれだけの労働をしたのでこれだけの価値物を引き出せると証明するもの)」であることだ。そして大石モデルでもそうだが、「労働(価値物)」=「労働証書(お金)」である。ちなみにMMTは国家が通貨を発行するから、通貨なのだ!という理論であるが、それはプロレタリア国家も「労働証書」を発行する力を持っていることを示している。ただしMMTでは労働(とそれが生産した価値量)に通貨発行はとらわれない、過剰に発行することは可能であるが、労働(とそれが生産した価値量)よりあまりにも多くなるとインフレになるので、国家が徴税し、通貨を回収するということだ。
で、この図表なんかを松尾匡氏がべた褒めしているわけだが(この人は褒めるのは上手い)
松尾 おうよ!なんでこんな僕の「反緊縮論」が資本主義擁護論みたいに言われるんやろか。となっている。
さて、ここまで説明してくれた「MMT×マルクス」モデルは、学術的な意味ではなかなか大胆な図解でしたが、大石さんが訴えたいことはよく表せていたのではないでしょうか。(p164)
もっとも、松尾氏が「資本主義擁護論みたいに言われる」のは、大石氏と違って、資本家から収奪するとか、資本をぶっ壊すとかいうことをちゃんと明言しないからであり、加えて”MMT”で財政出動させたお金が、めぐりめぐって資本となって”悪さ”をすることをネグっているからである。

