たたかうあるみさんのブログMKⅡ

み~んなそろって、闘争勝利!でもやっぱりメットは、白でしょ⁉ということにしておこう。

容量がいっぱいになった「たたかうあるみさんのブログ」を移動して、2020年7月に新たに開設した、共産趣味鉄道ヲタブログ⁉…旅行、萌え系ネタ⁉もあります。

#人新世の「資本論」

くじ引きで政治参加するお話

 斎藤幸平氏の「人新世の『資本論』」(その3)レビューにちょっと書いたが、フランスで行われた「気候市民議会」のメンバーは”くじ引き”で選ばれるのだ。
 市民議会の特徴は、なんといっても、その選出方法である。選挙ではなく、くじ引きでメンバーが選ばれるのだ。ここに選挙で選ばれる国会との決定的な違いがある。もちろん、くじ引きといっても完全にランダムではなく、年齢、性別、学歴、居住地などが、実際の国民の構成に近くなるように調整される。
 そして、市民議会においては、専門家がレクチャーを行い、そのうえで参加者は議論を行い、最終的には、投票で全体の意思決定をする。(「人新世の『資本論』p217)
 現在、民主主義の基本は「選挙による代議制」とされ、政党や様々な「選挙制度」が整えられている。しかし一般の人びとが政治における意思決定に参加するのはなかなか難しい。選挙に立候補するのも一苦労、お金も手間ヒマもかかって、それでいて当選するかどうかは分からない。新人の候補者が手堅い「地盤」を持つ既存の政治家をかき分けて当選するのは、至難の業である。
 一方、地方議会…特に小さな自治体…などでは、苦労の割には報酬が少ないなど様々な要因もあって、議員の成り手がなく、無投票で選挙が終わるということもある。そうすると、政治が特定の人の「家業」のようになってしまう。
 選挙による代議制にも様々な問題があり、”完璧な制度”というのは存在しないのだが、一般市民を無作為に政治の世界に引き込む”くじ引き(抽選)”のような制度はあってもいいのではないか、特に地方自治における”代議員”的なものについて、これを導入するのは有効かもしれない。
 別の言い方をすると、公平性を担保した上で「政治参加を義務化する」のが「くじ引き」による代議員の選出である。人びとが一定の政治的判断ができるという前提の下、一定期間交代で”代議員”をやる…これが「くじ引きによる政治参加」である。
 多選・連続選を禁止し、不祥事を起こした際の懲戒規定や任期を厳格にすれば、悪徳なヤツが一部の人気投票的な”選挙”によって延々と代議員をやっているということも無くなる。代議員と特定の業者・業界との癒着も少なくなるだろう。

 「市民会議」の紹介では、年齢、性別、学歴、居住地などが調整…となっているが、くじ引きの「母集団」グループに特定の枠をはめ「業界」や「属性」から代表を出すということも必要だろう。例えば教育や介護、インフラの維持管理に携わっている人たち、LGBTや少数民族といったマイノリティーなどである。
 一般人の政治参加ということだから、代議員をやることになった人や家族の生活・収入は公的に補償されなければならない(逆に代議員であることの”特権”はない)…もっとも農業や自営業だと、主が仕事をほりだして代議員に没頭するわけにもいかないだろうから、代議員の仕事も日常業務に影響のないよう、平日夜間にちょっとだけにするとか、仕事自体をサポートする人をつけるとか、いろいろ工夫しなければならないだろう。
 一般人の参加ということであれば、現在も裁判員制度というのがある。しかしこれは生活や収入の補償もなく、いきなりハードルの高い重罪案件の量刑までやらされる。しかも裁判員の負担を軽減するという名目で、裁判そのものが論点整理だとか短期集中的なスケジュールとか、様々な問題を抱えている。また裁判員制度そのものに「動員」される一般市民はレアケースとなっており、これは市民の司法・裁判への参加とはとても言えない。
 市民が安心して政治に参加するには、生活や収入の補償だけでなく、市民に参加する”ゆとり””時間”があることも必要だ…長時間労働や、サービス残業ありきの労働慣行も是正しておかなければならない。

 制度設計は難しいが、今ある地方議会・代議制といきなり代替するのではなく「気候市民議会」的な特別イシュー、あるいは地方それぞれのシングルイシュー解決のため特別に導入してみるという方法もありだろう。一般市民の政治参加から、直接民主制・コミューンへの道を切り開くのである。

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人新世の「資本論」(その1)

話題の「資本論」本その2は、「人新世の『資本論』」(斎藤幸平 2020年9月)である。
人新世の「資本論」 (集英社新書) [ 斎藤 幸平 ]
人新世の「資本論」 (集英社新書) [ 斎藤 幸平 ]
 人類の経済活動が地球に与える影響があまりに大きいことから、ノーベル化学賞受賞者であるバウル・クルッツェンは、地質学的に見て、地球は新しい年代に突入したとし、それを「人新世(じんしんせい)」(Anthropocene)と名付けた。斎藤氏は現在進行する「(経済活動に伴う)二酸化炭素排出による地球温暖化」を最大の危機と捉えている…が、「人類の経済活動で放出される二酸化炭素による地球温暖化」なる環境問題は実はハッタリであるのに、斎藤氏はなんら疑問をもたないまま「温暖化の脅威」を語るから世話はない。四○○万年前の「鮮新世」という古い話を持ち出さなくても「ミノア温暖期」「ローマ温暖期」「中世温暖期」という1000年周期ぐらいでに今よりも暖かい時代があったのだが、人類は大丈夫だった…産業革命期が小氷期で「寒すぎた」のだ。
 環境問題というのは「温暖化」そのものではなく、それ以外の過去の地球になかった要因、森林破壊や農地の酷使、廃棄物による汚染、都市化、水環境の破壊などがグローバルな影響を与えていることだ。これが二酸化炭素増大に伴う温暖化→その影響という「ドグマ」に惑わされて、きちんと認識されていないのだが、このへんを押さえておいたうえで、第一章 気候変動と帝国的生活様式 第二章 気候ケインズ主義の限界 を読むと、「温暖化による危機」アジり以外の点は、まさにその通り!としか言いようがないからしょうがない⁉
  帝国的生活様式とは、グローバル・サウス(グローバル化によって被害を受ける領域、人民を指す)からの資源やエネルギーの収奪に基づいた先進国のライフスタイルのことであり、グローバル・サウスの地域や社会集団からの収奪、代償の転嫁なしに帝国的生活様式は維持できないということ自体が問題である。これはグローバル資本主義の構造に依拠している。ウォーラーステインの言う「世界システム」論を拡張して言えば、資本主義は「中核」と「周辺」で構成されており、中核部は資源を周辺部(グローバル・サウス)から略奪し、同時に経済発展の背後にあるコストや負荷(環境問題)を周辺部に押し付けているのである。しかし、人類の経済活動が全地球を覆った「人新世」は、そのような収奪や転嫁を行う外部が消滅した時代である…資本の力では克服できない限界により、危機が始まるのだ(このへんは資本主義の終焉を主張する水野和夫氏と相通じるものがあるだろう)
 
 グリーン・ニューディールとは、再生可能エネルギーや電気自動車などを普及させるために大型の財政支出や公共投資を行うもので、安定した高賃金の雇用を生み出し、景気を刺激して投資を生み、持続可能な緑の経済への移行を加速させるものだ。しかしグリーン技術は、その生産過程まで目を向けると決してグリーンなものではない。例えば電気自動車の生産、その原料の採掘でも石油燃料は使用されるし、増大する電力消費量を補うため、ますます大量の「太陽光パネル」や「風力発電」(これらも当然、石油燃料を大量に使用しないと作ることは出来ない)の設置が必要となり、資源が採掘される。経済成長を求める限り、環境問題の根本的解決は難しい。 そこで筆者は「脱成長」を提案する…ではその中身をどうするかを、第三章 資本主義システムでの脱成長を撃つ で展開する。
  開発経済の分野では、南北問題の解決には経済成長ことが鍵であるとされているが、そのモデルは行き詰まりつつある。生産や分配をどのように組織し、社会的リソースをどのように配置するかで、社会の繁栄は大きく変わるからだ。公正な社会が求められている。グローバルな公正さという観点で見ると、資本主義はまったく機能していない。
  公正とか、平等を軸に考えた時、未来の形はどうなるのか筆者は俯瞰する。横軸に平等さ、縦軸に権力の強さを示した図14(p113)に示している。①気候ファシズム…現状維持、資本主義と経済成長にしがみついた新自由主義社会の究極で社会 ②野蛮状態…①によって環境が破壊され、99%の反乱が「勝利」するものの「万人の万人に対する闘争」に逆戻りしてしまう(別名は「『北斗の拳』状態)?)③気候毛沢東主義…②を避けるため、トップダウン的な環境対策を強権的に行う、自由市場や自由民主主義の理念は捨てられる(かつてはこれを「環境ファシズム」という言い方をしていた…若い人は誰も知らない「毛沢東主義」をここで出してきたのは、これがかつて「資本主義」「帝国主義」への強烈なアンチテーゼとして存在していたことを“復活”させたのであろう)で、そうならないための④X…強い国家に依存せず、民主主義的な相互扶助を人々が自発的に取り組みながら環境問題に取り組む社会…である。
  ④を目指すにあたっての大前提「脱成長」は資本主義では成立しない。「脱成長資本主義」はあり得ないの…もっとラディカルな資本主義批判を摂取する必要がある。それが「コミュニズム」であり、カール・マルクスと脱成長を統合する必然性が浮かび上がるのだ!と筆者は説く。
 次章から、かなり刺激的な「マルクス論」が展開される(つづく)
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あるみさん

左翼、時々テツ!ちょっぴり萌え系…「鉄道むすめ」から「侵略!イカ娘」、「ガルパン」そして「血小板ちゃん」という謎の進化を遂げる。白系共産趣味ブログであったが、どうも本人のスピリットは赤か黒らしい。闘争・集会ネタが主だが、鉄道・乗り鉄ネタ、完乗闘争の記録も。
 もとネタは、鉄道むすめのメットキャラ「金沢あるみ」さん。フィギュアを手に入れ、メットを白く塗ったりして遊んでいた。「あるみさん」つながりで「すのこタン。」も要チェック!
 人間が朝の6時に起きれるか!という謎のコンセプトで生きている。

メールは、nishihansenあっとyahoo.co.jpまで(あっとを@に変更して下さい)
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