斎藤幸平氏の「人新世の『資本論』」(その3)レビューにちょっと書いたが、フランスで行われた「気候市民議会」のメンバーは”くじ引き”で選ばれるのだ。
一方、地方議会…特に小さな自治体…などでは、苦労の割には報酬が少ないなど様々な要因もあって、議員の成り手がなく、無投票で選挙が終わるということもある。そうすると、政治が特定の人の「家業」のようになってしまう。
選挙による代議制にも様々な問題があり、”完璧な制度”というのは存在しないのだが、一般市民を無作為に政治の世界に引き込む”くじ引き(抽選)”のような制度はあってもいいのではないか、特に地方自治における”代議員”的なものについて、これを導入するのは有効かもしれない。
別の言い方をすると、公平性を担保した上で「政治参加を義務化する」のが「くじ引き」による代議員の選出である。人びとが一定の政治的判断ができるという前提の下、一定期間交代で”代議員”をやる…これが「くじ引きによる政治参加」である。
多選・連続選を禁止し、不祥事を起こした際の懲戒規定や任期を厳格にすれば、悪徳なヤツが一部の人気投票的な”選挙”によって延々と代議員をやっているということも無くなる。代議員と特定の業者・業界との癒着も少なくなるだろう。
「市民会議」の紹介では、年齢、性別、学歴、居住地などが調整…となっているが、くじ引きの「母集団」グループに特定の枠をはめ「業界」や「属性」から代表を出すということも必要だろう。例えば教育や介護、インフラの維持管理に携わっている人たち、LGBTや少数民族といったマイノリティーなどである。
一般人の政治参加ということだから、代議員をやることになった人や家族の生活・収入は公的に補償されなければならない(逆に代議員であることの”特権”はない)…もっとも農業や自営業だと、主が仕事をほりだして代議員に没頭するわけにもいかないだろうから、代議員の仕事も日常業務に影響のないよう、平日夜間にちょっとだけにするとか、仕事自体をサポートする人をつけるとか、いろいろ工夫しなければならないだろう。
一般人の参加ということであれば、現在も裁判員制度というのがある。しかしこれは生活や収入の補償もなく、いきなりハードルの高い重罪案件の量刑までやらされる。しかも裁判員の負担を軽減するという名目で、裁判そのものが論点整理だとか短期集中的なスケジュールとか、様々な問題を抱えている。また裁判員制度そのものに「動員」される一般市民はレアケースとなっており、これは市民の司法・裁判への参加とはとても言えない。
市民が安心して政治に参加するには、生活や収入の補償だけでなく、市民に参加する”ゆとり””時間”があることも必要だ…長時間労働や、サービス残業ありきの労働慣行も是正しておかなければならない。
制度設計は難しいが、今ある地方議会・代議制といきなり代替するのではなく「気候市民議会」的な特別イシュー、あるいは地方それぞれのシングルイシュー解決のため特別に導入してみるという方法もありだろう。一般市民の政治参加から、直接民主制・コミューンへの道を切り開くのである。
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市民議会の特徴は、なんといっても、その選出方法である。選挙ではなく、くじ引きでメンバーが選ばれるのだ。ここに選挙で選ばれる国会との決定的な違いがある。もちろん、くじ引きといっても完全にランダムではなく、年齢、性別、学歴、居住地などが、実際の国民の構成に近くなるように調整される。現在、民主主義の基本は「選挙による代議制」とされ、政党や様々な「選挙制度」が整えられている。しかし一般の人びとが政治における意思決定に参加するのはなかなか難しい。選挙に立候補するのも一苦労、お金も手間ヒマもかかって、それでいて当選するかどうかは分からない。新人の候補者が手堅い「地盤」を持つ既存の政治家をかき分けて当選するのは、至難の業である。
そして、市民議会においては、専門家がレクチャーを行い、そのうえで参加者は議論を行い、最終的には、投票で全体の意思決定をする。(「人新世の『資本論』p217)
一方、地方議会…特に小さな自治体…などでは、苦労の割には報酬が少ないなど様々な要因もあって、議員の成り手がなく、無投票で選挙が終わるということもある。そうすると、政治が特定の人の「家業」のようになってしまう。
選挙による代議制にも様々な問題があり、”完璧な制度”というのは存在しないのだが、一般市民を無作為に政治の世界に引き込む”くじ引き(抽選)”のような制度はあってもいいのではないか、特に地方自治における”代議員”的なものについて、これを導入するのは有効かもしれない。
別の言い方をすると、公平性を担保した上で「政治参加を義務化する」のが「くじ引き」による代議員の選出である。人びとが一定の政治的判断ができるという前提の下、一定期間交代で”代議員”をやる…これが「くじ引きによる政治参加」である。
多選・連続選を禁止し、不祥事を起こした際の懲戒規定や任期を厳格にすれば、悪徳なヤツが一部の人気投票的な”選挙”によって延々と代議員をやっているということも無くなる。代議員と特定の業者・業界との癒着も少なくなるだろう。
「市民会議」の紹介では、年齢、性別、学歴、居住地などが調整…となっているが、くじ引きの「母集団」グループに特定の枠をはめ「業界」や「属性」から代表を出すということも必要だろう。例えば教育や介護、インフラの維持管理に携わっている人たち、LGBTや少数民族といったマイノリティーなどである。
一般人の政治参加ということだから、代議員をやることになった人や家族の生活・収入は公的に補償されなければならない(逆に代議員であることの”特権”はない)…もっとも農業や自営業だと、主が仕事をほりだして代議員に没頭するわけにもいかないだろうから、代議員の仕事も日常業務に影響のないよう、平日夜間にちょっとだけにするとか、仕事自体をサポートする人をつけるとか、いろいろ工夫しなければならないだろう。
一般人の参加ということであれば、現在も裁判員制度というのがある。しかしこれは生活や収入の補償もなく、いきなりハードルの高い重罪案件の量刑までやらされる。しかも裁判員の負担を軽減するという名目で、裁判そのものが論点整理だとか短期集中的なスケジュールとか、様々な問題を抱えている。また裁判員制度そのものに「動員」される一般市民はレアケースとなっており、これは市民の司法・裁判への参加とはとても言えない。
市民が安心して政治に参加するには、生活や収入の補償だけでなく、市民に参加する”ゆとり””時間”があることも必要だ…長時間労働や、サービス残業ありきの労働慣行も是正しておかなければならない。
制度設計は難しいが、今ある地方議会・代議制といきなり代替するのではなく「気候市民議会」的な特別イシュー、あるいは地方それぞれのシングルイシュー解決のため特別に導入してみるという方法もありだろう。一般市民の政治参加から、直接民主制・コミューンへの道を切り開くのである。
おまけ…首長はくじで選んではイケナイ❓…将軍様をくじ引きで選んだら、万人恐怖となったお話
足利義教はクジで選ばれた六代将軍~万人恐怖と怖れられ最期は家臣に斬殺され

