たたかうあるみさんのブログMKⅡ

み~んなそろって、闘争勝利!でもやっぱりメットは、白でしょ⁉ということにしておこう。

容量がいっぱいになった「たたかうあるみさんのブログ」を移動して、2020年7月に新たに開設した、共産趣味鉄道ヲタブログ⁉…旅行、萌え系ネタ⁉もあります。

なつかしの鉄道ネタ

片上鉄道の廃線跡(前篇)

 先日津山に行ったついでに、同和鉱業片上鉄道の廃線跡を見てきた。
 同和鉱業片上鉄道とは、岡山県の柳原ー片上間33.8㎞を走っていた非電化のローカル鉄道で、91年7月に廃止されている。柳原鉱山から産出する硫化鉄鉱を片上港まで運搬するため1931年に全通した鉱山鉄道であった。
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 片上鉄道の片上駅は、JR赤穂線の西片上駅が最寄り駅である。ちょうど高校生の下校時間と重なった。
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 ピンクの花が咲き誇ってますな。

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 駅は平行する国道2号線と同じ高さにあって、階段を降りると「サイクリングロード」の案内が出てくる。これは片上ロマン街道サイクリングロードと言って、片上鉄道廃線跡を全面的に歩行者自転車専用道路として整備したものである。だが、この矢印にだまされて右に行くと、わけもわからず街の中に迷い込んでしまうのだ!
 ということで赤穂線に沿って戻ってみると、高架下にサイクリングロードがある。
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 手前の桁が赤穂線、奥が国道2号線だ。まんなかにず~っと、サイクリングロードが続いている。

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 西片上駅は国道側に出入口があるから、そっちで降りて上り方面に戻り、階段を降りるとここにたどり着く。

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 隣は高校の敷地である。サイクリングロードだが、地元の人が散歩したりしているよ。

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 では、片上駅のほうに戻ってみよう…

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 国道2号と赤穂線をくぐって、街の中へ戻る。

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 こんなふうに、いかにも鉄道がありましたというカーブが残っている。

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 標識があるよ!

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 さらに街の中へ…向うには旧の国道2号線とおぼしき県道が見える。

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 ここで県道に出た!で、廃線あとが良く分からなくなった。過去に乗車した時の記憶もほとんどないから、どの辺が駅か分からない‼
 先ほどのリンクを見れば、片上駅跡はちゃんと「ゼロ起点」としてエディオンやマックスバリューの間に整備されているのですね。
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 要するに「サイクリングコース」としては、先ほどの「ゼロ起点」をスタートして国道250号線から県道に入ってすぐのこの地点からコースに入るということらしい。なお、写っている建物はリンクでは「リハビリ特化型デイサービス」と書いてあるが、つぶれたのであろうか?
 線路は、おそらく県道を横切ってすぐ曲がり、道路と平行に進んで「ゼロ起点」のとこらへんに向かっていたのであろう。駅跡地はエディオンやマックスバリューになっているということだ。
 で、91年6月、廃止前に乗りに行った時の写真、片上駅。
片上駅とキハ300_0001(1)
 鉱石を運搬する鉄道であったから、ホームが長くてけっこう立派なのだ。

片上駅とキハ300_0001(3)
 けっこう構内も、広かったのである。機関車はDD13だ。
片上駅とキハ300_0001
 湘南窓は、キハ312…現在も片上鉄道保存会さんが、柳原ふれい交通公園で動態保存をしているようだ。
 駅前の写真も撮っておけばよかった!のだが、今のようにデジカメで資料的に何枚も撮るわけにはいかない…なにぶんフィルムカメラで枚数が”制限”されていましたからね。
 後半に続く…

津山まなびの鉄道館に行ってみる

 岡山県津山市、津山駅の裏手に津山まなびの鉄道館という施設がある。1936年に設置された扇形機関車庫と転車台を中心に、13両もの車両が展示されている。2016年に整備された新しい施設であるので行ってみた。
 津山駅を降りて駅前の国道53号を西に、吉井川を渡る橋が見える交差点を左に曲がって踏切で線路を渡る。
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 少し駅の方に戻る形で進むと、入り口が見えてくる。

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 入場料は、大人310円とリーズナブル…手の甲で体温をチェックして、入場。硬券を模した入場券をいただく。

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 扇形機関車庫と、C57 の動輪が見えます。

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 もう「いやっほう!最高だぜ!」の世界!

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 キハ58と28でありますっ!

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 大糸線を走行していた、キハ52であります。

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 D51の2ナンバーでありますっ!

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 電気式の、DF50形ディーゼル機関車であります。

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 そして3月13日ダイヤ改正で、JR貨物からも定期運用を外れたDD51形でありますっ!「エヴァンゲリオン」においては、ヤシマ作戦で大電力を受ける変圧器を運ぶのにも”活躍”してます(何じゃそれは⁉)

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 DD16 形は、機関車庫から出されて展示…せっかくの展示なのですが、機関車庫に入り込むことが出来ないので、車両の中のほうまで見ることは出来ません。

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 奥には「あゆみルーム」や「しくみルーム」なんかの展示もあります。

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 こういったものも飾られています。

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 腕木式信号機でありますっ!

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 転車台もしっかりと写しておこう…ちなみにここの扇形機関車庫とこの転車台は、2018年に「鉄道記念物」として指定されています。

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 津山駅構内には、昔の一般色に塗られたキハ40形がいます。隣はキハ120形。

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 扇形機関車庫の隣には、まちなみルームということで鉄道模型ジオラマが組まれ、運転も行われています。

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 吉井川が流れ、津山城跡もあるように、ほぼ駅前の街並みが”再現”されていますが、駅前のホテルα1が、「β2」となっているのはご愛敬ですな。
 その他、まなびルームというのがあって、小学生の学習活動なんかに使われるようです。そこでは鉄道グッズなんかも売っています。
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 みまさかスローライフ列車のヘッドマーク…2008年から毎年春と秋に、津山と因美線智頭間をのんびり走るイベント列車があるのだそうな。

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 キハ181形の、特急やくも。

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 それではもう一度、転車台と…

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 キハ58、28を納めて、終わりにしよう…とにかく310円でなんかたっぷり楽しめる施設なのだ!

「ムーンライトながら」ついに運転終了!

 先日、東海道本線大垣ー東京間をながらく運行してきた夜行列車「ムーンライトながら」がついに運転を終了することになったと報道された。「乗り物ニュース」より…
臨時夜行快速「ムーンライトながら」運転終了へ 「大垣夜行」から長い歴史
 JR東日本とJR東海は2021年1月22日(金)、東海道本線経由で東京駅と大垣駅(岐阜県大垣市)を結ぶ臨時夜行快速「ムーンライトながら」の運転を終了すると発表しました。
 利用者の行動様式の変化によって列車の使命が薄れてきたこと、使用している車両の老朽化がその理由として挙げられています。
 東京~大垣間の夜行普通列車は国鉄時代から毎日運転の「大垣夜行」として、普通列車乗り放題の「青春18きっぷ」ユーザーなどに親しまれてきました。これが1996(平成8)年に全車指定席の快速「ムーンライトながら」になり、2009(平成21)年からは春、夏、冬に運転される臨時列車とされました(快速も普通列車の一種)。
 その後、2020年春まで臨時運行されていましたが、コロナ禍になり夏と冬は運転されず、使用車両である185系電車も2021年3月で定期運用から引退するため、その去就が鉄道ファンに注目されていました。

 「大垣夜行」の頃は、お世話になった…が、年を取ると座席の夜行列車はしんどい。「ムーンライトながら」になってJR東海の373系電車で何回か乗車しているが、中途半端なリクライニングシートと、夜間でも減光されない車内ではあまりよく寝られない。東京ー大阪間ぐらいでは、どうせ寝られないのならば乗り換えなしでリーズナブルな高速バスのほうがよい。臨時化されてからは、三里塚闘争で東京・千葉に行くにも列車自体が設定されておらず、まったく使えなかった。
 旧ブログを始めたころ、ムーンライトながらの臨時化ニュースが流れてきたので、いちおう”弾劾”の記事を書いている。
人民列車の臨時化、廃止攻撃を断固粉砕せよ!
 そこにかつての大垣夜行、「人民列車」への郷愁をこんなふうに書いた…
 80年代(それ以降もか?)まで、東京で闘争・集会がある時は、活動家がよく利用していたため、「大垣夜行」は別名「人民列車」と呼ばれていた。東京着が朝の4時半とゆう、とんでもない時間帯であるが、かえって三里塚ぐらいだと余裕で昼からの集会に間に合うわけだ。
 人民列車であるから、集団で大挙して乗り込んでも、座席は一般民衆のもの、我々は床に座りこみ、ひたすら邪魔にならないように眠る。防衛隊は、メット着用の上、デッキにて警戒にあたる。また、始発・終着駅で降りないのも鉄則で、某駅前にて集団で待機していたことを覚えている。
 ぶっちゃけた話をすると、これは86年、学生の時に三里塚に行った時の経験であり、東京行きの乗車は大垣の次の穂積駅、下車は大船で降りて根岸線・総武横須賀線経由で成田であった。
 「ムーンライトながら」が全席指定席化されて使いにくくなり、「人民列車」のように東西の活動家達が大挙利用するということは、多分なくなっただろう。
 旧ブログには、08年の秋に「ムーンライトながら」で東京から戻ってきたことが記録されている。ニューシャトル完乗闘争それ以降は、乗車していない。
 でも09年に臨時列車化されて、21年まで持ったのは、がんばったものだと言える…最後はコロナ禍で列車の設定はあるものの、運行されないという残念なことになっている。
 使用しているJR東日本の185系電車が、老朽化のため引退することを機に、廃止ということだ。もうおつかれさまとしか言いようがない。

 それにしても、夜行列車はこれでJR東、東海、西および四国を走破する「サンライズ出雲・瀬戸」ぐらいしかなくなった。あとは観光列車として運行されるヤツばかりとなってしまった。
 「WEST EXPRESS銀河」ぐらいならなんとか手がとどきそうなのだが…まぁ、いつか乗車しよう!と決意表明しておこう。
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あるみさん

左翼、時々テツ!ちょっぴり萌え系…「鉄道むすめ」から「侵略!イカ娘」、「ガルパン」そして「血小板ちゃん」という謎の進化を遂げる。白系共産趣味ブログであったが、どうも本人のスピリットは赤か黒らしい。闘争・集会ネタが主だが、鉄道・乗り鉄ネタ、完乗闘争の記録も。
 もとネタは、鉄道むすめのメットキャラ「金沢あるみ」さん。フィギュアを手に入れ、メットを白く塗ったりして遊んでいた。「あるみさん」つながりで「すのこタン。」も要チェック!
 人間が朝の6時に起きれるか!という謎のコンセプトで生きている。

メールは、nishihansenあっとyahoo.co.jpまで(あっとを@に変更して下さい)
ではでは(^^)

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