先日、大阪市内で”3度目”の「大阪都構想(大阪市解体)」の住民投票を止めるための話し合いに参加したのだが、その中で「都構想や維新に反対するとして、その代わりになるビジョンを示すことが必要ではないだろうか?」という話がでてきた。
 まぁ、それは「あたりまえ」と言ってしまえばそれまでなのだが、維新がやってきた「改革」というのは、普段地道にやっていかなければならないことをほったらかしにして予算をねん出し、それをぶち上げたお祭り・イベント…「万博」「カジノ」「都構想」など…、あるいは耳目を集める再開発事業にまわすというものだ。「反維新」「反都構想」というのは、そうした政治と決別し、普段の地道な行政をきちんとやっていこう!という運動だから、どうしても「都構想」や「カジノ・IR」といった呼び物になるようなビジョンを示すことは難しい。
 例えば大阪は先日の台風7号接近にともなう大雨で道路のあちこちが冠水したり、マンホールの蓋がふっとんで水柱が上がったり大変なことになった。極めつけは住之江区の排水ポンプが水没して運転不可能となり、復旧に300億円もかかる、復旧まで4年程度かかることが明らかにされている。この排水ポンプは大阪市南東部の排水対策を担ってきたのだが、それが機能しないことから雨が強くなったら「洗濯を控えたり、お風呂の水を流さないなど、多くの水が下水道へ流れ込まないようご協力をお願い」(報道発表資料 住之江抽水所雨水ポンプ施設の運転不能に伴う大雨への注意喚起のお知らせ)する始末である。こんなのが4年も続くのだ。
 前回の都構想住民投票の時に、「都構想」を止めて水害対策をしようとブログ記事を書いた…2回目の住民投票で「都構想」はやらなくなったのだが、維新市政・維新府政は水害対策を怠ってきた、そのツケが今回まわってきたのだといえる。
 だったらもう一度、声を大にして「『都構想』を止めて水害対策をしよう」と訴える、あるいはコロナ禍の反省から保健・医療行政を充実させて「病院をまもる」「保健所を充実させる」、公立高校の統廃合が進んで、家から自転車で通えるところに高校がない、電車に乗って遠くの私学までいかなければならないということが起こっているから、「公立高校を守ろう」といったことが「代わりのビジョン」となる…しかしそれは、維新がぶち上げる「都構想」「副首都」「カジノ・IR」に比べれば地味で、一般の人びとにとっては「面白くない」ものだろう。「万博」のように、何かお祭り・イベントをぶち上げれば、大失敗しない限り(万博は施工業者への未払い問題という失敗があるが)なんらかの「経済効果」や盛り上がりなどの「やってる感」は出るものだ。

 同じころ「維持管理」の仕事は面白くない?という記事を書いた。大西つねきの「命の選別」発言から、介護労働について考えたものだが、そこから発展してこんなことを書いている。
 土木屋の世界においても、橋やトンネル、ダム、地下鉄等の建設は相変わらずスポットライトを浴びるが、それらを維持管理する仕事は、ひたすらルーチンの繰り返し…定期的に点検・チェックを繰り返し、記録する、何も起こってなければ、安堵だ!…花もなくつまらない。そして苦渋作業は続く…日本を始めとした先進国では社会インフラの整備が進んでいるので、建設工事よりも、そういった維持管理の業務ウエイトが大きくなっているのだが、こうゆう業務はまだまだ人気がないのが実情だ。

 そう、真面目に社会を「維持管理」していく行政の仕事は、「花がない」のである。「地味」なのである。だから「維新政治」≒お祭り政治を止めて、真面目に行政に取りくもう!という「反維新」「反都構想」に、維新と対抗するような、花のあるビジョンを描くことを求めることは出来ないのだ!

 とはいえ、「今だけ、カネだけ、自分だけ」といった今の維新政治(高市自民党政治にもあてはまる)に対抗するのは「真面目に行政をまわそう!」ということしかない。資本主義の、バブルでイケイケどんどんだった時代が再びくるわけはないし、そんな時代が仮にやってきたとしても、すぐに行き詰まる…そうした「真面目」を復権させることが、今求められている…が、やはり「真面目」は面白くないものだ。