「トランスジェンダー入門」(周司あきら 高井ゆと里 集英社新書 2023年7月)前回の続き第4章から…
![トランスジェンダー入門 (集英社新書) [ 周司 あきら ]](https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/2747/9784087212747_1_5.jpg?_ex=128x128)
トランスジェンダー入門 (集英社新書) [ 周司 あきら ]
第4章は医療と健康と題して、トランスならではの医療、およびトランスの人たちがその他の日常的な医療に係わる際の困難や問題点について書かれている。
まず「歴史的に、トランスであることは「性転換症」や「性同一性障害」という名前で、精神疾患や精神障害の扱いを受けてきました(p122)」医者たちはトランスに対し、ホルモン投与をしたり電気ショックを与えたりして「シス男性/女性」に「転向」させようとしていた。その後、電気ショックなどでジェンダーアイデンティティを変えさせるのではなく、ジェンダーアイデンティティに沿って身体を変えるという”治療”こそが必要という方向に変わり、現代はトランスジェンダーであることは病気ではないという「脱病理化」にまで進んでいる。ただ「脱病理化」したからといってトランスの人に特有の医療行為が不必要になったわけではない。妊娠は病気ではないが、産婦人科医などの医療サポートが必要だということと同じ状況であるということだ。「トランスの人たちは固有の医療を必要とすることがあり、医療的なサポートを必要とするほかの全ての人たちと同じように、その医療を安心して受ける権利を持っているのです。(p127)」
日本においては1997年に初版が公表された、日本精神神経学会による「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」があり(脱病理化が進んでいるにもかかわらず「性同一性障害」という呼称を続けている問題があるが)、様々あるトランス医療の規範的な「正規ルート」が示されている。これが示される以前は、トランスに対する医療は「闇医療」扱いされ、例えば当事者に頼まれて睾丸摘出などを行った産婦人科医が「優生保護法違反」で有罪となるということもあった。そういった状況を打開して、トランスに対する医療を「正規の医療行為」として整理したものが、上記のガイドラインである。これによってトランスに対する医療が正規の医療として位置付けられた。他方、ガイドラインそのものにトランスにとって好ましくないプロセスが含まれている問題や、トランス医療を個々のニーズではなくガイドラインに沿って行うことが優先される問題がある。またガイドラインができても、トランスに固有の医療については保険がきかず、個人が高額の医療費を負担しなければならないという問題も解決していない。
トランスが日常的な医療を受けるにあたり「しかしトランスジェンダーの人の中には、病気が悪化しても病院に行かない人が多くいます。(中略)自分の健康を回復するためのヘルスケアを受けようと思っても、ハラスメントや虐待を恐れて病院に行けない人がいるのです(p139)」病院で性別を聞かれる、入院先も性別分けされていたりするため、無理やり個室に入院させられて差額ベッド代を請求される、職場の健康診断も大変だ。そもそも性教育も含めて、トランスの健康についての情報が不足している…等の問題が述べられている。
第5章は法律、トランスの人々にとって大きな影響を与えている三つの法律、戸籍の性別変更に係わる「特例法」、同性婚が認められていない問題、差別禁止法がないことの問題を取り上げている。
「特例法」は2003年に定められた「性同一性障害者の性別の取り扱いに関する法律」であり、これに定められた要件を満たすことで戸籍上の性別を変更することができる。こういったトランスジェンダーの性別を正しく登録しなおすための法律を「性別承認法」と呼び、様々な身分証の性別表記とトランス本人の実態に合わせ、生活上のトラブルや困難に直面しないようにするために必要なものである。
日本の「特例法」において必要な要件は5つあって、一「年齢要件」(成人していること)二「非婚要件」(婚姻していなこと)三「子なし要件」(未成年の子どもがいないこと、2008年までは子どもの年齢言及がなかった)四「不妊化要件」(妊娠する能力や妊娠させる能力をもたないこと…精巣や卵巣の切除が求められる根拠)五「外観要件」(シスジェンダーの男女が持つ性器に似た性器であることを要求するものであるが、一般的な解釈では陰茎の切断を義務付けるのみの要件となっており、造膣手術や、膣閉鎖、陰茎形成までは必須ではないそうな)その他「性同一性障害」の診断を2名以上の医師から得ることも前提とされる。(医師の診断も含めると6要件となる)これらの要件について後段で一つずつ中身の検討、要件をつくった立法側の発想とそれへの批判がなされている。特に二の「非婚要件」は、結婚しているのカップルの片方が性別変更を行うと「同性婚」状態になってしまうということなので、「同性婚」そのものを認める必要があるということになる。また四「不妊化要件」については「その背景には、トランスジェンダーたちが「精神病者」として扱われてきた歴史と、そうした精神疾患・精神障害の人々に対して政策的な不妊化を強いてきた、近代国家の優生思想の歴史が関わっています。現在ではしかし、このように法的な性別承認のために不妊化を義務付けることは実質的には不妊化の強制にあたり、人権侵害であるというのが世界的な常識です(p164)」また五の「外観要件」についても「これには女性の身体に対する国家の管理という側面があります。「ペニスのある女性を認めない」という思惑が明白な一方、「男性」がどのような身体を持っているのかについては厳密なハードルを設けていません。「ペニスが何㎝以上ならば男性として認める」といった、男性の身体への管理を暗に避けているということができるでしょう。そもそも「外観が近似」というのが法律の要求としてあまりに不透明ですが、それ以上に、ここには「女性の身体への管理」という伝統的な女性蔑視が読み取れるのです(p165~166)」なるほど、この批判は重要だ!
そして筆者たちは「特例法」が「現状の「医学モデル」ではなく「人権モデル」への転換のもと、特例法の性別変更要件を全て変えるべきです。実際、諸外国では性別承認法の要件緩和が進んでいます(p167)」と展開し、精神科医の診断なしに性別変更を可能とするような、自分自身で性別変更のニーズを証明する「セルフID」制について紹介し、「「セルフID」制に対しては、性別を気軽に変えられるようにすると社会が混乱する、と指摘する人もいます。しかしそのように「気軽に」身分証を変えたとして、本当に困るのは(社会ではなく)その人自身です。なぜなら、自分の中長期的な生活実態と合わない性別へと身分証を書き換えることは、身分証を役立たずにすることであり、むしろ生活に支障をきたす行為だからです(p168)」ということなんだそうな。
本章では「性別変更」については他にも様々な問題についても解説されているし、「特例法」ができたおかげでそれ以外の「性別変更」のルート、方法が排除されたこと(これは医療における「ガイドライン」でも同じような問題を指摘している)日本においてはそもそも戸籍自体に問題があるのだから、戸籍と住民票の記載を連動させる必然性もない。それぞれの公的書類ごとに異なる性別変更のルールを定めている国や地域も多い。「戸籍制度には幾多の問題が指摘され続けてきましたが、トランスジェンダーもまた、戸籍制度に苦しめられてきた集団の一つです。今後、日本においてより良い性別承認法のあり方を考えるに当たってこうした視点は決して無視してはならないでしょう(p175~176)」としている。(つづくよ)
![トランスジェンダー入門 (集英社新書) [ 周司 あきら ]](https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/2747/9784087212747_1_5.jpg?_ex=128x128)
トランスジェンダー入門 (集英社新書) [ 周司 あきら ]
第4章は医療と健康と題して、トランスならではの医療、およびトランスの人たちがその他の日常的な医療に係わる際の困難や問題点について書かれている。
まず「歴史的に、トランスであることは「性転換症」や「性同一性障害」という名前で、精神疾患や精神障害の扱いを受けてきました(p122)」医者たちはトランスに対し、ホルモン投与をしたり電気ショックを与えたりして「シス男性/女性」に「転向」させようとしていた。その後、電気ショックなどでジェンダーアイデンティティを変えさせるのではなく、ジェンダーアイデンティティに沿って身体を変えるという”治療”こそが必要という方向に変わり、現代はトランスジェンダーであることは病気ではないという「脱病理化」にまで進んでいる。ただ「脱病理化」したからといってトランスの人に特有の医療行為が不必要になったわけではない。妊娠は病気ではないが、産婦人科医などの医療サポートが必要だということと同じ状況であるということだ。「トランスの人たちは固有の医療を必要とすることがあり、医療的なサポートを必要とするほかの全ての人たちと同じように、その医療を安心して受ける権利を持っているのです。(p127)」
日本においては1997年に初版が公表された、日本精神神経学会による「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」があり(脱病理化が進んでいるにもかかわらず「性同一性障害」という呼称を続けている問題があるが)、様々あるトランス医療の規範的な「正規ルート」が示されている。これが示される以前は、トランスに対する医療は「闇医療」扱いされ、例えば当事者に頼まれて睾丸摘出などを行った産婦人科医が「優生保護法違反」で有罪となるということもあった。そういった状況を打開して、トランスに対する医療を「正規の医療行為」として整理したものが、上記のガイドラインである。これによってトランスに対する医療が正規の医療として位置付けられた。他方、ガイドラインそのものにトランスにとって好ましくないプロセスが含まれている問題や、トランス医療を個々のニーズではなくガイドラインに沿って行うことが優先される問題がある。またガイドラインができても、トランスに固有の医療については保険がきかず、個人が高額の医療費を負担しなければならないという問題も解決していない。
トランスが日常的な医療を受けるにあたり「しかしトランスジェンダーの人の中には、病気が悪化しても病院に行かない人が多くいます。(中略)自分の健康を回復するためのヘルスケアを受けようと思っても、ハラスメントや虐待を恐れて病院に行けない人がいるのです(p139)」病院で性別を聞かれる、入院先も性別分けされていたりするため、無理やり個室に入院させられて差額ベッド代を請求される、職場の健康診断も大変だ。そもそも性教育も含めて、トランスの健康についての情報が不足している…等の問題が述べられている。
第5章は法律、トランスの人々にとって大きな影響を与えている三つの法律、戸籍の性別変更に係わる「特例法」、同性婚が認められていない問題、差別禁止法がないことの問題を取り上げている。
「特例法」は2003年に定められた「性同一性障害者の性別の取り扱いに関する法律」であり、これに定められた要件を満たすことで戸籍上の性別を変更することができる。こういったトランスジェンダーの性別を正しく登録しなおすための法律を「性別承認法」と呼び、様々な身分証の性別表記とトランス本人の実態に合わせ、生活上のトラブルや困難に直面しないようにするために必要なものである。
日本の「特例法」において必要な要件は5つあって、一「年齢要件」(成人していること)二「非婚要件」(婚姻していなこと)三「子なし要件」(未成年の子どもがいないこと、2008年までは子どもの年齢言及がなかった)四「不妊化要件」(妊娠する能力や妊娠させる能力をもたないこと…精巣や卵巣の切除が求められる根拠)五「外観要件」(シスジェンダーの男女が持つ性器に似た性器であることを要求するものであるが、一般的な解釈では陰茎の切断を義務付けるのみの要件となっており、造膣手術や、膣閉鎖、陰茎形成までは必須ではないそうな)その他「性同一性障害」の診断を2名以上の医師から得ることも前提とされる。(医師の診断も含めると6要件となる)これらの要件について後段で一つずつ中身の検討、要件をつくった立法側の発想とそれへの批判がなされている。特に二の「非婚要件」は、結婚しているのカップルの片方が性別変更を行うと「同性婚」状態になってしまうということなので、「同性婚」そのものを認める必要があるということになる。また四「不妊化要件」については「その背景には、トランスジェンダーたちが「精神病者」として扱われてきた歴史と、そうした精神疾患・精神障害の人々に対して政策的な不妊化を強いてきた、近代国家の優生思想の歴史が関わっています。現在ではしかし、このように法的な性別承認のために不妊化を義務付けることは実質的には不妊化の強制にあたり、人権侵害であるというのが世界的な常識です(p164)」また五の「外観要件」についても「これには女性の身体に対する国家の管理という側面があります。「ペニスのある女性を認めない」という思惑が明白な一方、「男性」がどのような身体を持っているのかについては厳密なハードルを設けていません。「ペニスが何㎝以上ならば男性として認める」といった、男性の身体への管理を暗に避けているということができるでしょう。そもそも「外観が近似」というのが法律の要求としてあまりに不透明ですが、それ以上に、ここには「女性の身体への管理」という伝統的な女性蔑視が読み取れるのです(p165~166)」なるほど、この批判は重要だ!
そして筆者たちは「特例法」が「現状の「医学モデル」ではなく「人権モデル」への転換のもと、特例法の性別変更要件を全て変えるべきです。実際、諸外国では性別承認法の要件緩和が進んでいます(p167)」と展開し、精神科医の診断なしに性別変更を可能とするような、自分自身で性別変更のニーズを証明する「セルフID」制について紹介し、「「セルフID」制に対しては、性別を気軽に変えられるようにすると社会が混乱する、と指摘する人もいます。しかしそのように「気軽に」身分証を変えたとして、本当に困るのは(社会ではなく)その人自身です。なぜなら、自分の中長期的な生活実態と合わない性別へと身分証を書き換えることは、身分証を役立たずにすることであり、むしろ生活に支障をきたす行為だからです(p168)」ということなんだそうな。
本章では「性別変更」については他にも様々な問題についても解説されているし、「特例法」ができたおかげでそれ以外の「性別変更」のルート、方法が排除されたこと(これは医療における「ガイドライン」でも同じような問題を指摘している)日本においてはそもそも戸籍自体に問題があるのだから、戸籍と住民票の記載を連動させる必然性もない。それぞれの公的書類ごとに異なる性別変更のルールを定めている国や地域も多い。「戸籍制度には幾多の問題が指摘され続けてきましたが、トランスジェンダーもまた、戸籍制度に苦しめられてきた集団の一つです。今後、日本においてより良い性別承認法のあり方を考えるに当たってこうした視点は決して無視してはならないでしょう(p175~176)」としている。(つづくよ)