半月前の話だが「新選組」参議院議員の水道橋博士が病気のため辞職し、その後任の議員は任期を1年ごとに交代してローテーションで回すことになった。
【代表談話】水道橋博士の辞職・れいわローテーションについて(2023年1月16日 れいわ新選組代表 山本太郎)
れいわ新選組の参議院議員、水道橋博士が本日、議員辞職をいたしました。
【代表談話】水道橋博士の辞職・れいわローテーションについて(2023年1月16日 れいわ新選組代表 山本太郎)
れいわ新選組の参議院議員、水道橋博士が本日、議員辞職をいたしました。
参議院議長宛に辞職届けが出されたのは、本日9時30分です。【中略】
比例当選議員が辞職すれば、比例名簿の次点が繰り上げとなるのが一般的ですが、私たちは博士の残してくれた議員任期を、より有効に活用させていただくことにしました。
比例当選議員が辞職すれば、比例名簿の次点が繰り上げとなるのが一般的ですが、私たちは博士の残してくれた議員任期を、より有効に活用させていただくことにしました。
まずは今回に限って、ローテーション制度を導入します。簡単に説明すると、一年毎に議員任期を交代します。
水道橋博士が辞職後、繰り上げとなるのが、大島九州男さん。その1年後に長谷川ういこさん、つじ恵さん、はすいけ透さん、よだかれんさん、という順です。党内の様々なメンバーに国民代表を務めていただく。多様で多彩なメンバーが、国民からの負託に応えていくことを目指していきたい、という趣旨です。【以下略】
「新選組」は選挙制度の網やほころびをついて大胆なことをやる。うまく当たったのは「特定枠」を使って重度の障害をもつ人を2人も参議院に送り込んだこと、う~んと懸念を感じたのは山本太郎代表がせっかくもぎ取った衆議院議員を辞任して参議院に鞍替えすることで、自党への投票を呼び起こそうとしたこと(これは結局”結果オーライ的”になった)だ。選挙至上主義とか、制度のもてあそびとも言われている。今回のローテーションについても賛否両論はたくさんあって、批判する側は「参議院議員の『任期6年』をどう考えてのか」「選挙時の公約時に入っていない」等々、評価する側は「多様な人が議会に参加できる」「そもそも比例代表だから、誰を議員にするかは党が判断するもの」という感じか…
私としてはやはり「参議院の任期6年」というものを重く見て、選ばれた議員は解散のない6年間、しっかり議員としての活動をしてほしいと思うから、法的に問題ないからと言ってローテーションで1年ごとに交代するのはどうなんだ!という立場である。しかし「6年の任期」を「党(この場合は党が責任を持つ5名)がチームで対応する!」というのであれば、話は別になってくる…う~ん、党なのか人なのか?
参議院にはもともと、党よりも個人に重きを置く「参議院全国区」なるものがあったし、大きな選挙区から「人気のある人」を選ぶ側面がある。全国区が無くなって比例代表制が採用された際、人よりも政党が重視されるとして、拘束名簿式で「個人」を選べるように配慮されている。だからそこに「党」の意向に重きをおいたやり方は反発されるだろう。「新選組」のローテーションも、多様な個人を議会に送るという大義名分はあるものの、それを決めるのは個人ではなく「党」である(もっとも「新選組」は未だ山本太郎代表のカリスマ性によった「私党」であるという評価もあろう…ただしそのあたりは、先日の代表選挙とやらで「共同代表」制に近い組織体制にしたことから、少し緩和されそうではあるが)
仮に自民党や維新が同じような「ローテーション制度」を同じような理屈で採用した場合、世論はどういった判断を示すだろうか?おそらく多くのリベラル・左翼の人たちは法の隙間をかいくぐった制度の濫用として反発するとは思う…しかし、彼らの用意する候補者とやらの陣容を見てみよう…同じような「新自由主義」「身を切る改革」「自己責任」「ホモソーシャルな男社会」云々…どこに多様な人たちの「名簿」があるだろうか?(杉田水脈などのような、多様性もへったくれもない差別主義者が比例名簿の上位にあげられ、どんな不祥事があろうと自民党の名前で当選してしまうトンデモ制度こそ、なんとかしろよ!)「新選組」の今回のローテーション名簿を見られよ!なんと個性的で何かやってくれそうな奴等ばっかり集めている…これを党の責任で国会で活躍させるのだ!期待しないほうが間違っているだろう。これが「新選組」の強みであるのだ!
ということで「れいわローテーション」については、あんまり支持できないけれど一定評価しましょうか!?という態度をとっておこう(^^)(^^)(^^)///それと議員にある予定の尼崎のつじ恵さん、頑張って下さいね。
「新選組」は選挙制度の網やほころびをついて大胆なことをやる。うまく当たったのは「特定枠」を使って重度の障害をもつ人を2人も参議院に送り込んだこと、う~んと懸念を感じたのは山本太郎代表がせっかくもぎ取った衆議院議員を辞任して参議院に鞍替えすることで、自党への投票を呼び起こそうとしたこと(これは結局”結果オーライ的”になった)だ。選挙至上主義とか、制度のもてあそびとも言われている。今回のローテーションについても賛否両論はたくさんあって、批判する側は「参議院議員の『任期6年』をどう考えてのか」「選挙時の公約時に入っていない」等々、評価する側は「多様な人が議会に参加できる」「そもそも比例代表だから、誰を議員にするかは党が判断するもの」という感じか…
私としてはやはり「参議院の任期6年」というものを重く見て、選ばれた議員は解散のない6年間、しっかり議員としての活動をしてほしいと思うから、法的に問題ないからと言ってローテーションで1年ごとに交代するのはどうなんだ!という立場である。しかし「6年の任期」を「党(この場合は党が責任を持つ5名)がチームで対応する!」というのであれば、話は別になってくる…う~ん、党なのか人なのか?
参議院にはもともと、党よりも個人に重きを置く「参議院全国区」なるものがあったし、大きな選挙区から「人気のある人」を選ぶ側面がある。全国区が無くなって比例代表制が採用された際、人よりも政党が重視されるとして、拘束名簿式で「個人」を選べるように配慮されている。だからそこに「党」の意向に重きをおいたやり方は反発されるだろう。「新選組」のローテーションも、多様な個人を議会に送るという大義名分はあるものの、それを決めるのは個人ではなく「党」である(もっとも「新選組」は未だ山本太郎代表のカリスマ性によった「私党」であるという評価もあろう…ただしそのあたりは、先日の代表選挙とやらで「共同代表」制に近い組織体制にしたことから、少し緩和されそうではあるが)
仮に自民党や維新が同じような「ローテーション制度」を同じような理屈で採用した場合、世論はどういった判断を示すだろうか?おそらく多くのリベラル・左翼の人たちは法の隙間をかいくぐった制度の濫用として反発するとは思う…しかし、彼らの用意する候補者とやらの陣容を見てみよう…同じような「新自由主義」「身を切る改革」「自己責任」「ホモソーシャルな男社会」云々…どこに多様な人たちの「名簿」があるだろうか?(杉田水脈などのような、多様性もへったくれもない差別主義者が比例名簿の上位にあげられ、どんな不祥事があろうと自民党の名前で当選してしまうトンデモ制度こそ、なんとかしろよ!)「新選組」の今回のローテーション名簿を見られよ!なんと個性的で何かやってくれそうな奴等ばっかり集めている…これを党の責任で国会で活躍させるのだ!期待しないほうが間違っているだろう。これが「新選組」の強みであるのだ!
ということで「れいわローテーション」については、あんまり支持できないけれど一定評価しましょうか!?という態度をとっておこう(^^)(^^)(^^)///それと議員にある予定の尼崎のつじ恵さん、頑張って下さいね。
