「新選組」の「大西つねき問題」に寄せて、いろいろSNS上で議論が行われているが、こんな話を見つけた。
とりあえすここでは、規約や規則がかっちり作られた党・党派を「ガチガチ党派」と呼び、逆に「新選組」のような不十分な規約、組織でやってるのを「ゆるふわ党派」と呼ぶことにする…で「(違反者に対する)ガバナンスが必要だ!、そんなものがない党はナンセンス!」と叫び続ける人は、じゃあ「新選組」が「ゆるふわ党派」をやめて、共産党や社民党、「革命的ほにゃらら同盟」のような「ガチガチ党派」にしてしまって何が面白いのか!と私は考える。
考えてもみよ、「新選組」を急に熱烈に支持しだした人たちが、なぜ「ガチガチ党派」をこれまで支持してこなかったのかということを。もちろん、政党が「ガチガチ」か「ゆるふわ」かどうかというこっと、その理念が支持されるかということは別問題である。自民党や維新のようなかっちりとした政党であっても、その理念を私が支持するということはない(もっとも「維新」は大阪で末端の議員の不祥事が相次ぎ、その「ガバナンス」とやらは大いに疑問を感じるところではあるが)
だが「ガチガチ党派」が「ガバナンス」の名のもとに(あるいは「ガバナンス」そのものもほっぽり出して)間違った理念や方針を金科玉条のように奉り、誤りも修正できずに運動や党そのものまでズタボロにしてしまった歴史を、私たちは知っている。「革命的ほにゃらら同盟」とかの運動がポシャッった後、その後を支え続けた人たちが、なかなか「ガチガチ党派」をつくろうとせず、み~んな市民運動的な形でやってる、やらざるを得ないというのが現状だ。
そして「ガチガチ党派」を作ってそれを大きくすることは、やっぱりシンドイことなのだ。「新左翼」でず~っとやってきた人たちだってそうなのだ。だから「新・新左翼党」なんか出来ていないのである。
党をつくらないといけない側が「党」なんか信用していない…ましてや、党を支持する側が、「ガチガチ党」なんか絶対信用しないのである。だからこそ、のらりくらり泳ぎ回っている小池都知事が支持されたりもするし、「ガチガチ」な宇都宮けんじ氏が、市民運動による選挙にこだわったりもするのである。
もちろん「大西つねき問題」のような、人権の根幹に関わる重大問題を起こした党員にたいし、毅然とした”処分”が求められるのはスタンダードであろう。だが「ガバナンス」とやらが結局「国会議員を擁する政党」「政党交付金(税金)を交付されるから」という理由やなんやらで「ガチガチ政党」を求められる理由も分かる(ちなみに「新選組」に対し「ガチガチ政党」になれ!という人が、社民党や共産党といった「ガチガチ政党」に覚悟を決めて結集しているのであれば、私はそうゆう人はリスペクトする…私のような「自由人」が勝手なことを言っているのとは違う重みがあるからだ)。しかし、逆に言えば「ガチガチ政党」を作ってそこに所属しないと、議員になれない、政治参加ができないというのも、また違うでしょ!
そんなモン、制度とかそれ自体が、オカシイわ!
先ほども書いたように「ガチガチ政党」を作るのは難しく、労力もかかる。そして新左翼な人々も含めて「ガチガチ政党」にはウンザリしている…もう嫌だ!
「ゆるふわ政党」であっても、あるいわ市民運動に毛が生えたような組織しかなくても、個人であっても議員として活躍できる…それが民主主義というものだろう‼(議員の資質は、あくまで個人に属する)
「ゆるふわ政党」にはもう一つ利点がある。それが誤った方針や理念で政治運動を続けると、支持者や党員をがっちりとした力でつなぎとめていないので、すぐに支持者が離反し、影響力がなくなる。それを防ぐためには、常に「直接民主主義」的手法で、運動方針や党の主張・理念をブラッシュアップしていないとイケナイのである。
いすれにしても「新選組」が「大西つねき問題」をどのように対応し、変化するのか?
①「ゆるふわ党派」組織の利点をいかしてこの危機を乗り越え、支持を拡大!
②「ゆるふわ党派」組織のままこの危機の乗り越えに失敗して、ジリ貧化(残りはカルト化)
③「ガチガチ党派」に変貌して、誰も支持しない面白くない党が一つできる。
④「ガチガチ党派」に変貌かつ間違った方向に行って、ファシズム化(最悪のケース)
どのような道を選ぶか分からないが、一番可能性が大きいのは②の道だろう…これが一番「ラク」だからだ。
逆に理想形①を目指すことは、ほんとうに大変な作業が必要になる。しかも「直接民主主義」を目指す道だ!どの党派も歩いたことのない、荊の道である。当然「大西つねき問題」について大多数が納得のいく答えがでるまで、時間も手間ヒマもかかるのだ。だから「外野」はそういったこともふまえ”処分”や結論が遅いことにイチャモンつけずに待つべきだとも思うぞ。
「新選組」の規約をみてもわかるよう、この党は共産党や社民党、さらには「革命的ほにゃらら同盟」のような既成政党とはかけ離れた「ゆる~い」規約しかない。もちろん、昨年に即席に作った規約だから、細部のこまごまとしたものは後回しという「怠慢」の結果かもしれないが、逆にいうとそういった「ゆるい」政党だからこそ支持するという人も多いのではないかと考える。安冨さんの馬選挙に対する抗議が山本太郎宛てに寄せられた時も思ったけど、ガバナンスとか管理とか、「既存の組織」にしてやろうという圧力ハンパないな。
— 竹遊亭田楽 (@Dengakz1) July 9, 2020
そういう人たちって「既存の組織」としてうまく機能してるモデルとして、どのあたりを想定してるんだろう。
大企業?お役所?既存政党?
とりあえすここでは、規約や規則がかっちり作られた党・党派を「ガチガチ党派」と呼び、逆に「新選組」のような不十分な規約、組織でやってるのを「ゆるふわ党派」と呼ぶことにする…で「(違反者に対する)ガバナンスが必要だ!、そんなものがない党はナンセンス!」と叫び続ける人は、じゃあ「新選組」が「ゆるふわ党派」をやめて、共産党や社民党、「革命的ほにゃらら同盟」のような「ガチガチ党派」にしてしまって何が面白いのか!と私は考える。
考えてもみよ、「新選組」を急に熱烈に支持しだした人たちが、なぜ「ガチガチ党派」をこれまで支持してこなかったのかということを。もちろん、政党が「ガチガチ」か「ゆるふわ」かどうかというこっと、その理念が支持されるかということは別問題である。自民党や維新のようなかっちりとした政党であっても、その理念を私が支持するということはない(もっとも「維新」は大阪で末端の議員の不祥事が相次ぎ、その「ガバナンス」とやらは大いに疑問を感じるところではあるが)
だが「ガチガチ党派」が「ガバナンス」の名のもとに(あるいは「ガバナンス」そのものもほっぽり出して)間違った理念や方針を金科玉条のように奉り、誤りも修正できずに運動や党そのものまでズタボロにしてしまった歴史を、私たちは知っている。「革命的ほにゃらら同盟」とかの運動がポシャッった後、その後を支え続けた人たちが、なかなか「ガチガチ党派」をつくろうとせず、み~んな市民運動的な形でやってる、やらざるを得ないというのが現状だ。
そして「ガチガチ党派」を作ってそれを大きくすることは、やっぱりシンドイことなのだ。「新左翼」でず~っとやってきた人たちだってそうなのだ。だから「新・新左翼党」なんか出来ていないのである。
党をつくらないといけない側が「党」なんか信用していない…ましてや、党を支持する側が、「ガチガチ党」なんか絶対信用しないのである。だからこそ、のらりくらり泳ぎ回っている小池都知事が支持されたりもするし、「ガチガチ」な宇都宮けんじ氏が、市民運動による選挙にこだわったりもするのである。
もちろん「大西つねき問題」のような、人権の根幹に関わる重大問題を起こした党員にたいし、毅然とした”処分”が求められるのはスタンダードであろう。だが「ガバナンス」とやらが結局「国会議員を擁する政党」「政党交付金(税金)を交付されるから」という理由やなんやらで「ガチガチ政党」を求められる理由も分かる(ちなみに「新選組」に対し「ガチガチ政党」になれ!という人が、社民党や共産党といった「ガチガチ政党」に覚悟を決めて結集しているのであれば、私はそうゆう人はリスペクトする…私のような「自由人」が勝手なことを言っているのとは違う重みがあるからだ)。しかし、逆に言えば「ガチガチ政党」を作ってそこに所属しないと、議員になれない、政治参加ができないというのも、また違うでしょ!
そんなモン、制度とかそれ自体が、オカシイわ!
先ほども書いたように「ガチガチ政党」を作るのは難しく、労力もかかる。そして新左翼な人々も含めて「ガチガチ政党」にはウンザリしている…もう嫌だ!
「ゆるふわ政党」であっても、あるいわ市民運動に毛が生えたような組織しかなくても、個人であっても議員として活躍できる…それが民主主義というものだろう‼(議員の資質は、あくまで個人に属する)
「ゆるふわ政党」にはもう一つ利点がある。それが誤った方針や理念で政治運動を続けると、支持者や党員をがっちりとした力でつなぎとめていないので、すぐに支持者が離反し、影響力がなくなる。それを防ぐためには、常に「直接民主主義」的手法で、運動方針や党の主張・理念をブラッシュアップしていないとイケナイのである。
いすれにしても「新選組」が「大西つねき問題」をどのように対応し、変化するのか?
①「ゆるふわ党派」組織の利点をいかしてこの危機を乗り越え、支持を拡大!
②「ゆるふわ党派」組織のままこの危機の乗り越えに失敗して、ジリ貧化(残りはカルト化)
③「ガチガチ党派」に変貌して、誰も支持しない面白くない党が一つできる。
④「ガチガチ党派」に変貌かつ間違った方向に行って、ファシズム化(最悪のケース)
どのような道を選ぶか分からないが、一番可能性が大きいのは②の道だろう…これが一番「ラク」だからだ。
逆に理想形①を目指すことは、ほんとうに大変な作業が必要になる。しかも「直接民主主義」を目指す道だ!どの党派も歩いたことのない、荊の道である。当然「大西つねき問題」について大多数が納得のいく答えがでるまで、時間も手間ヒマもかかるのだ。だから「外野」はそういったこともふまえ”処分”や結論が遅いことにイチャモンつけずに待つべきだとも思うぞ。

