少し前、日本出身の気象学者、真鍋淑郎氏が、大気のエネルギー収支を計算する気象モデルを構築し、コンピューターシュミレーションで予測する技術を開発、二酸化炭素の増大によって地球が温暖化することを予測したなどという功績でノーベル物理学賞を受賞したあたりに、tkさんからこんなコメントを頂いた。 
 あるみさんこんにちは。本日ノーベル物理学賞で二酸化炭素の温室効果理論で真鍋氏が受賞しましたね。私はあるみさんのブログで最近でも人為的二酸化炭素の効果を懐疑的に扱っていることと中世温暖化説について正しいのではないかと思っています。世間的には日本人のノーベル賞ということですまた二酸化炭素温暖化説に傾くと思いますが、そもそも真鍋説がよく分かってません。もしまた解説していただけるのならぜ批判的解説お願いします。tk
 これへの回答というわけではないが、まず「地球温暖化」が”政治的に”大問題となっている以上、それの解明などに貢献した人物が「ノーベル賞」をもらうことは、なんら不思議ではない。温暖化に関しては、IPCCや、ジェット旅客機で移動しながら「温暖化の脅威」を煽ったアル・ゴア元米副大統領なんてのもいた。
 気候を決める大気のエネルギー収支をモデル化し、コンピューターでシュミレーションをかけること自体、別に間違ったことをやっているわけではない。間違っているのはそこに「二酸化炭素が増えれば、温室効果もそのまま増大する」というアルゴリズムを組み込んだことなのだ。そんなモノを組み込めば、二酸化炭素が増えればそのまま気温もドンドン上昇するという結果が出てくるのは当たり前である。実際のところCO2が温暖化の原因ではない!で示したように、二酸化炭素の温室効果はすでに飽和していると考えれば、いくらシュミレーションしても結果は違ってくる。
 ところで大昔の天気予報は「当たらない」ものの代名詞のように言われていたくらい、当たらなかった。観測精度も今ほど細かくないし、気象衛星もなくて雲の分布とかも正確にわからなかったからだが、データを大量に集め、解析し、それを予測にフィードバックさせ、理論を立て直す…という努力を真鍋氏以降の先人がやってきたおかげで、昨今の天気予報の精度は非常に良くなっている。天気予報の番組では、寒気の動きや雨の範囲がコンピューターシュミレーションによって計算され、映し出されている。非常に良い世の中になったモンだ。だから真鍋氏の研究、業績は全然、無駄ではない。
 
 ここからが本題…真鍋氏の受賞は、これまでのノーベル物理学賞が、素粒子だとか宇宙論だとか、一般の人にはなんかなじみのない分野ではなく「気象物理学」という分野では初めてであるということだそうな。ここから、気象物理学をもう少し大きくした「地球物理学」という言葉を使うが、このへんの話を聞いて、岩波新書の「物理学とは何だろうか」(朝永新一郎 1979年)の下巻にある「科学と文明」を思い出した。なお「科学と文明」というのは、1976年10月19日、26日の岩波市民講座における講演なのだそうな。
物理学とは何だろうか 下 (岩波新書 黄版86) [ 朝永 振一郎 ]
物理学とは何だろうか 下 (岩波新書 黄版86) [ 朝永 振一郎 ]
 そこは科学批判やその系譜なんかも書かれており、非常に興味深いものがあるのだが、その中に自らがやってきた”自然の普遍的な法則を見つけ出す物理学”について、ゲーテの科学批判を紹介してこんなことを書いている。
 たとえば現在の物理学的な自然、物理学者が考える自然と言うのは、すべてのものは原子からできている。原子は素粒子からできている。その素粒子は粒子とは言うけれども、ふつうの粒子とはぜんぜん違ったものである。それは波動の性質をもっている。ですからわれわれの日常見る波動とか粒子とかとはまるで違ったものです。そうゆうものは日常の言葉では言いあらわせないものだ、そこで数学という非常に抽象的な言葉を使う。
 そうゆう物理学の世界ではわれわれの日常の世界のように、色とか、あたたかさとか、冷たさとか、音とか、そうゆうものはなんにもない。(中略)ですから物理学の方法で、実験でしらべると非常に索漠としたそうゆう世界にぶつかってしまう。このことをゲーテは詩人らしく非常に嫌ったわけです。(p181~182)

 多くの人がノーベル物理学賞に選ばれる、素粒子だとか宇宙論だとかは、おそらくそういった色も、においも、あたたかさもない世界を想像するだろう、ゲーテの科学批判はそこを突いている。朝永氏はそうやっていろいろな科学批判が展開しながらも、次のような話を持って来る。
 普遍的法則を求めるために自然を非常にかえるような実験をして、そして異常な世界を目の前に展開するというような科学のほかに、われわれの日常の死自然そのもののなかに、つまり異常でない日常の世界のなかで、実験などしないで法則を見つけ出すという性格の科学が、物理学のなかにおいてさえあるわけです。そういうべ別の面の科学があるということですね。(p213)
 その別の面の科学として、
 たとえば地球物理学という分野を見ますと、お天気がどう変わるかというようなこと、あるいは地震がどうして起るかというようなこと、こうゆうことは実験をやるわけにいきませんから、それを解明するのに手っとり速くはいかないわけですけれども、しかし地球物理学者が非常な努力をして、現在こうゆう分野でいろんな新しいことがわかっております。(p215)
 と、地球物理学について述べている。
 今回のノーベル賞は、その地球物理学(気象物理学)にようやく光が当たったと評価するべきものあのだろう。(続く)