たたかうあるみさんのブログMKⅡ

み~んなそろって、闘争勝利!でもやっぱりメットは、白でしょ⁉ということにしておこう。

容量がいっぱいになった「たたかうあるみさんのブログ」を移動して、2020年7月に新たに開設した、共産趣味鉄道ヲタブログ⁉…旅行、萌え系ネタ⁉もあります。

#レイシズム

レイシズムとは何かー梁英聖(その4)

 その3の続きである。
第四章 反レイシズムという歯止め
 レイシズムを国際社会が放置したことがファシズム台頭を招いたという歴史的教訓から、反レイシズムは国連の目的でもある。国連憲章第一章第三項には、「人種、性、言語、宗教による差別なく、すべての者のために人権と基本的自由を尊重するよう助長奨励する点で、国際協力を達成すること」とあるし、人種差別撤廃条約は一九六二年に作成決議、一九六五年に作成・採択、二十七か国の批准で一九六九年に発行している。この時代はネオナチの反ユダヤ主義レイシズムが世界的に問題となっており、またアフリカ十七か国が独立・国連加盟そたことから、第三世界諸国からの反アパルトヘイト・反植民地主義の声を無視できず、人種差別撤廃条約成立に「絶対的優先」を与えたのである。人種差別撤廃条約は
 第一 レイシズムを社会がなくすべき悪である
 第二 締結国が立法を含めたあらゆる手段で撤廃することを義務付ける
 第三 特に危険なレイシズムの差別扇動と極右を法律で処罰すべき違法行為・犯罪と規定しているのである。
 条約でのレイシズムの定義は、①ルーツ(人種・皮膚の色・世系・民族・エスニシティ)に基づくグループに対する②不平等な(平等の立場における基本的人権の行使を妨げたり害したりする)③効果をもつもの(差別の目的や意図は関係ない)であり、①人種化されたグループへの②不平等な③効果を持つ行為や制度(法律や政策)が、人種差別撤廃条約が禁ずるレイシズムである。
 レイシズムに明確な定義を与え、各国に立法を義務付けることで、レイシズム行為が差別禁止ラインより上にエスカレートしないようにしたのだ。
 そして人種差別撤廃条約には、四つの反差別ブレーキがあるとしている。 
差別する自由を規制することこそ真の自由である(禁止するための差別の定義)
 差別を社会が定義すること、差別を区別と線引きすること…社会正義が定める差別の定義があってはじめて差別する自由を実戦で否定することが可能。反レイシズム規範の成立は市民社会での激烈な反差別闘争なしにはあり得ない。
 「人種」の否定 生物学的な人種の存在の否定…レイシズムという言葉自体、ナチの人種理論を否定する文脈で用いられたもの。反レイシズムがなければ、人種理論はいくらでも復活し差別に使われる。一方、差別しようとする側は生物学的な人種の代わりに文化や宗教などを持ち出す…これは「新しいレイシズム」である。
差別扇動と極右の違法化―人種差別撤廃条約の最大の特徴
 差別扇動の違法化、その抑止…差別扇動と極右への資金援助を含む支援の禁止、極右組織そのものの違法化義務付ける。例えばドイツでは、憲法擁護庁が常時ネオナチを監視し取り締まりを行っているし、アメリカもFBIや州警察がヘイトクライム対策やKKK等の白人至上主義による極右テロリズム取り締まっている。
国家の差別扇動への対抗
 「国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと」と明記しており、国や自治体の差別だけでなく、国会議員・地方議員・政党による差別扇動を規制すること、公人のヘイトスピーチを厳しく批判し取り締まることは、レイシズム暴力の組織化を阻止する上で非常に重要であるとしている。
 一方、国家による規制から逃れる極右の動向として、欧州では極右が反レイシズム規範を持つ市民社会に自分達を適合させることを迫られる「適合ジレンマ」があり、ナショナリズムやイスラム教批判、ヨーロッパのアイデンティティに訴える「右翼ポピュリズム」という高等戦術をとる。米国では反差別規範に「適合」するのとは真逆に、トランプ大統領のように「適合しない」ことをアピールする形での「右翼ポピュリズム」という高騰戦術をとっている。
 ところが日本には「適合ジレンマ」で悩ませるだけの社会的な反レイシズム圧力がなく、欧州では一発で政治生命を失うほど露骨なレイシズムを掲げても、社会的に強く批判を浴びることが無いのである。
 欧米諸国で闘いとられた反レイシズム規範を、筆者は
① 六〇年から七〇年代初にかけて基準となる反レイシズム規範が成立(反レイシズム「1.0」)
② その後アップデート(反レイシズム「2.0」)…社会運動の力なしには勝ち取れない。
と位置付けている。その内容は、
・欧州・国連型(当初から差別禁止法で差別と共に差別扇動を禁止)
・ドイツ型(戦犯訴追と歴史教育と合わせた「過去の克服」の一環として、刑法改正によるヘイトスピーチ規制)
・米国型(差別禁止法制定、行為と言論に二分し、行為は規制し言論は擁護する)
と分類している。
 それではドイツと「反レイシズム」なき日本との違いはどこから来ているのか?筆者は冷静体制の違いに目をつけた。ドイツの冷戦体制は、仇敵フランスや英国と和解し、EC(EU)という経済共同体を結ばざるを得なかったことが、反ナチ規範の形成を必要としたことに対し、日本の「東アジア冷戦構造」は、米国のアジア戦略に規定されるかたちで、昭和天皇戦争責任の曖昧化した。また強大な米国をハブにした二国間安保体制の「足し算」(日米安保、韓米、比米…)に依存していることから、この軍事・政治上の国際関係によって反ナチ規範に類する反レイシズム規範をつくるよう強いられなかったと分析した。ドイツは被害国「イスラエル」と友好関係を築かなければならなかったが、日本の被害国(中国・朝鮮・ベトナム)は無視できる東側陣営になり、西側陣営の国々(韓国・台湾・フィリピン)は、米国の圧力で戦後補償要求を押さえつけることができた。また冷戦で分断された国が欧州では加害国ドイツ(反ナチ規範を競わせる)なのに対し、東アジアでは被害国朝鮮(日本への従属を競わせる)であったことも大きい。
 米国型の反レイシズムはどこから生まれたのか?六〇年代の反戦運動が、マイノリティ活動家も国家による弾圧を避けるために、人種隔離の廃止と行為の差別禁止を求めた。反レイシズムの言論を反共主義のレイシズム国家から守るため、差別禁止法性に行為/言論の特殊な二分法が採用されているのである。一九八〇年代に「行為」とされる人種差別を厳罰化させる文脈で「ヘイトクライム」という概念が生まれている。また「言論(スピーチ)」とされた差別に対し、それは「行為」と同様で処罰すべきだと批判する文脈で「ヘイトスピーチ」という概念も生まれた。「ヘイトスピーチ」(言論)は連邦法で禁止には至ってないが、ジェノサイド扇動は規制され、職場での差別発言はセクシャル/レイシャル・ハラスメントなどで規制されている。
 ところで日本での「ヘイトスピーチ」規制は「規制VS言論の自由」という構図で未だに議論されている。ところが欧州・米国では、差別を禁止することが大前提であり「差別禁止をどの程度行うか」の議論が行われているのである。
 筆者は「日本型反差別の深刻な帰結」として、以下の点を挙げる。
第一 極右や差別する加害者に対しては、反差別が抑止力とならないばかりか、かえって被害者を加害者の目前に差し出すことになる。…反差別の側は、事実や人権だけでなく、社会正義も対置しなければならない。
第二 「被害者の声を聴け」という日本型反差別が、むしろ被害者を沈黙に追い込んでしまう。マジョリティが差別の判断基準をマイノリティに押し付ける一方で、その解釈権は利き手であるマジョリティが握る。そうなると、マイノリティはマジョリティに受け入れられる程度の被害しか語れなくなる。
第三 社会に正義を打ち立てないために、反差別の社会的連帯の基準もつくらない。マジョリティ/マイノリティが立場を尊重したうえで差別に対抗して共闘するための基礎的インフラとなる反差別ブレーキが必要。
 欧州・米国での「反レイシズム2.0」では、構造的不平等をなくすため、形式的平等だけでなく実質的平等を達成するための、マイノリティのみに認められた特別な権利保障が必要だという水準に進んでいる。これが「アファーマティブアクション」「ポジティブアクション」と呼ばれるものである。それに対し日本は、人種差別撤廃条約の批准さえ一九九五年と、一四六番目の遅い批准であり、包括的差別禁止法もつくらず、差別統計もとっていない。これは条約違反でもある。
 正規滞在外国人の権利保障に関する国際比較調査における、移民統合政策指数(MIPEX)は、二〇一五年最新調査で、総合指数四四と三八カ国中二七位と低い。特に差別禁止の項目は二二点の三七位と下から二番目であり、戦後から今日まで、未だ公的な移民政策(入管政策+統合政策)も存在していないのが現状だ。
国籍・市民権による区別をどうするか
 反レイシズムの力は国籍「区別」のかなりの部分を否定することにも成功している。国籍(市民権)がない人びとへの差別が、国籍「区別」の下に実施される場合はレイシズムとされる。欧米では既に大半が国籍法で生地主義(領土内で生まれたら国籍を与える)を導入しているため、移民二世以降は国籍「区別」の対象にはなっていない。
第一 反レイシズム規範は必ず国籍や入管という国民国家の境界という壁にぶち当たる。
第二 反レイシズムは入管法と対立・対決・衝突し、入管法の内容や実際の運用でレイシズムを抑制することが可能である。
第三 反レイシズムは一旦入国した難民・移民・その家族に対してシティズンシップを認めさせる闘争を行うことで、公式/非公式の多様な移民の統合政策を国家につくらせることを可能にした
第四 その結果つくられた統合政策は国境での入管政策(誰を国外から入れるか)との何らかの政策的整合性を撮ることを国家と官僚に迫ることができる。
としている。
スリーゲートモデルとシティズンシップ 
 スリーゲートモデルとは、トーマス・ハンマーによって考案された図であり国民国家を、権利を制限する三重の同心円にみたて、①国境②居住(永住)③国籍 の三つのゲートが存在する。

図表10 レイシズムとは何か_0001
 
 ところがこもモデルは日本では通用しない!例えば在日韓国人が永住資格を取得するのに必要な居住期間より(原則十年)、帰化(五年)のほうが短い。特別永住や永住という在留資格はあるが、欧米のデニズンのようにシティズンシップが認められたものでは全くない。選挙権は国政どころか地方参政権もない。差別禁止法が無いため差別からも無保護である。日本語教育さえ制度的に補償されていない。多文化政策どころか多言語政策でさえ国レベルでは存在しないのである。
図表11 レイシズムとは何か_0001

反レイシズムゼロの日本では、
第一 反差別ブレーキがないのでレイシズムはほぼ妨害を受けない。 
第二 移民政策も反差別法もないので、ナショナリズムの中に移民を取り込もうという主張も盤石である。
第三 日本でもレイシズムはナショナリズムを隠れ蓑にしているが、反レイシズムをかいくぐる高等戦術でさえない。植民地時代のレイシズムを戦後は旧植民地出身者の日本国籍を喪失させ「外国人化」したうえで「単一民族神話」型のナショナリズムを隠れ蓑にすることで継続させてきた。(ナショナリズムとレイシズムの接合が、戦後日本では独特の癒着をしている)

このあたりの展開は、次の第五章に続くよ!
レイシズムとは何か (ちくま新書 1528) [ 梁 英聖 ]
レイシズムとは何か (ちくま新書 1528) [ 梁 英聖 ]

レイシズムとは何かー梁英聖(その3)

 その2の続きである。
第三章 偏見からジェノサイドへ
 筆者は多様な形として現れるレイシズムを軽微なものから深刻なものへと5つのレベルに分け、下から上への並べた…1)偏見 2)偏見による行為 3)差別 4)暴力 5)ジェノサイド という「レイシズムのピラミッド」という図を示している。そして「偏見(レベル1)から差別行為(レベル3以上)への移行には「特に政治とモラル面で条件」がそろう必要がある」p95 と述べている。差別や偏見が、常に暴力やジェノサイドを引き起こすわけではない。移行をおさえる「反差別ブレーキ」と、差別を実行させる「差別アクセル」が存在するのだ。
 加害者の差別する自由を規制する効果…反差別ブレーキ
 差別行為やジェノサイドを実行させる効果を持つ社会的条件…差別アクセル
 この章では「差別アクセル」について述べられている。
 差別アクセルには、下の2種類がある。
利害関係…上司の命令による就職差別、外国人研修生に依存する労働、結婚差別など。最も強力なのが、資本主義経済の利害による差別アクセル
差別扇動…差別扇動こそレイシズムが人種化して殺す際のガキとなる権力関係。実行すればカネがもらえるわけでもなく、クビになるなど利害が絡まなくても、暴行、傷害、放火、埒、監禁、拷問、集団リンチ、レイプ、殺人に駆り立てるもの
 そして、暴力を取り締まる国家のブレーキを突破してまで暴力(レベル4)を振るうには、暴力を実現「可能に」し、実行者にとって暴力が「正当だと映るような条件」が必要であると述べている。 
 差別扇動としての差別アクセルについて
ヘイトスピーチ…レイシズムが暴力行為やジェノサイドになり人を殺す時の、実際にその支えになる言説。ヘイトスピーチが差別扇動であるのは、・人種を危険と結びつける・具体的な敵を名指しする・差別するマニュアルを提供するからである。
差別行為…これは実際に行われることで差別アクセルになり、他の誰かの差別行為の支えとなるものだ。
政治(特に国家)による差別扇動…レイシズムが社会防衛の名のもとに国家の暴力装置である軍隊や警察によって実践される。実例として、ナチによるホロコースト、ルワンダ虐殺、ソ連のグレートテロル、カンボジア大虐殺、関東大震災時の朝鮮人虐殺、沖縄戦での日本軍による住民集団強制死をあげ、関東大震災時の朝鮮人虐殺について詳細に論じている。この事件は、国家が朝鮮と「放火」「爆弾」所持などを結び付けたデマであるヘイトスピーチを全国に流布し、戒厳令を出した。ここで「朝鮮人」という人種は国家公認の殺すべき「敵人種」とされたのである。そして警察、憲兵が率先して朝鮮人を虐殺、検束した。これが庶民の虐殺行為を扇動したのである。
 なおジェノサイドに限らない政治による差別扇動もあって、トランプが二〇一六年大統領に当選して以降、FBIのヘイトクライム統計が急増、英国のブレグジット後もヘイトクライム統計は急増したという事例を上げている。(「反差別」のない日本には差別事件やヘイトスピーチ、ヘイトクライムの統計がないのであるが、朝鮮に対する差別政策をかかげ「慰安婦」を否定する差別主義者・安倍晋三が政権の座にいることで、差別事件、ヘイトスピーチ・ヘイトクライムが日本社会にまん延したことであろう)
 なお、国家によるレイシズムは絶大な差別扇動効果を持つが、限界はあるものの国家は反レイシズム法制や政策によって差別、暴力行為を抑止することもできる「国家の両義性」についても述べており、国家によるレイシズムの抑止については
第一 レイシズムが暴力以上に発展するか否かが決定的な意味を持つ。
第二 国家の行動は、レイシズム暴力をどれほど実効的に取り締まるかによって、社会のレイシズムの正当化を左右する効果を持つ…レイシズム暴力を国家が放置したり、暴力一般より寛容さをみせるようなことがあれば、レイシズム暴力、レイシズムそのものに正当性を与える。
第三 国家の反レイシズム的行動は、極右への対処にも当てはまる。
とまとめている。
極右…極右は「レイシズムの発生」から「レイシズムの政治化」への移行(阻止)の決定的なカギを握る「差別アクセル」である。極右は差別、ヘイトスピーチを組織してレイシズムを暴力へと転化、選挙への政治進出、キャンペーンを通じて政治、国家の差別扇動に影響を及ぼす。社会を破壊するレイシズムの組織者なのだ。
 ところが日本では極右が可視化されない、なぜなら
第一 反差別が無いから、右翼と極右を引き裂く社会的圧力がない。
第二 反ファシズム運動の歴史的伝統も社会変革を成就するだけの強力な労働運動・社会運動がないので「敵」がおらず、わざわざ右翼と分裂して過激な極右になる動機に乏しい。
第三 国家が反差別の側に回ったことがなく、極右が反国家である必要にも欠ける。ある意味、普通の右派政党である「自民党」による政権が「極右」の政策を実行しているので、わざわざ極右になる必要もないわけだ。
 それでも日本にも極右は存在しており、彼らはヘイトスピーチをSNSで恒常的に発信する右翼政治家や日本軍「慰安婦」、問題をはじめ各種歴史否定をネタにする「ヘイト本」やブログ記事を乱造する右翼作家などの「亜インテリ」や、ヘイト街宣やヘイトクライムを組織する「行動する保守」などの実行部隊である。彼らは
差別を暴力へと過激化させる…直接極右が加害者に命令を出したり、あるいは意思決定によって組織的に暴力を行う。
ヘイトスピーチを過激化させる
極右が組織を拡大し市民社会のレイシズム扇動に成功して影響力を持つと、選挙や議会進出によって国家がもつ巨大な差別扇動効果を左右する。
 のである。
 どう対抗するのか?「グラムシの陣地戦では「保守勢力も革新勢力もともにヘゲモニー実践に取り組み、両者はせめぎ合っている。その力関係は流動的であり、また諸勢力がそれぞれ内部分裂を起こしたり、複雑に離合集散する場合もある」。つまりこの錯綜する力関係のせめぎ合いのなかで、いかにして反レイシズム規範を勝ち取る闘争がヘゲモニー実践を効果的に行い、極右の差別扇動や組織活動を抑え込み、むしろ極右規制を社会に埋め込んでいけるかが問われる。」P122 と著者は述べている。(つづくよ)
レイシズムとは何か (ちくま新書 1528) [ 梁 英聖 ]
レイシズムとは何か (ちくま新書 1528) [ 梁 英聖 ]

絶対読もう!「レイシズムとは何か」

 「レイシズムとは何か」(梁英聖 2020年11月 ちくま新書)を読んだ。
レイシズムとは何か (ちくま新書 1528) [ 梁 英聖 ]
レイシズムとは何か (ちくま新書 1528) [ 梁 英聖 ]
 「日本には差別とたたかう社会規範がないのだ」(p12)という、著者の厳しい指摘の下、レイシズムとは何か?日本でなぜレイシズム、ヘイトスピーチ、ヘイトクライムがはびこっているのか>?ということが、余すとこなく書かれた本である。
 およそ左翼だとか、反差別に関わる全ての人が読まなければならない本だ!絶対に読もう!(レビューもするからね!)

 「差別とたたかう社会規範がない」それは、これまで日本における反差別運動に、決定的な誤りがあったわけだ、それは
 ①反差別とは被害者の権利を守ることだ。当事者に寄り添うのが反差別だ。
 ②反差別とは加害者の差別を止めることだ。差別行為を禁止するのが反差別だ。(p12)

 日本では多くの人が①は認めるまでも、②を認めようとする人は少ない…しかし欧米における反差別は、①と②が車の両輪なのだが、
 日本の反差別は②の差別行為の禁止がないまま①被害者に寄り添おうとする、加害者の差別する自由を守る限りでしか、差別される被害者の人権を守ろうとしない日本の案反差別こそ、日本で反レイシズム規範形成を妨げ、日本人=日系日本人という人種の癒着を切り離せない現況である。これを日本型反差別と呼んでおこう。(p13)
 ということである。このあたりが欧米と決定的に違っており、また現在における欧米の反差別についての議論、理論をそうした背景ぬきに日本に持ち込んでも、あやまった解釈で理解・拡散されてしまうのである。

 「レイシズム」は「人種主義」あるいは直接「人種差別」と訳されるが、ヒト=ホモ・サピエンスは1種類しかなく、白人や黒人といった「人種」は後から差別するためにつくられた概念である。したがって日本における在日韓国・朝鮮人に対する差別を、これは同じ「黄色人種」の中で起こっている「民族差別」であって「人種差別」ではない…だから日本に「レイシズム」なない…とするのも誤りだ!この「人種差別」の歴史も本書の中では展開されている。筆者は、

 本書はレイシズムを、人種差別を引き起こすチカラのこととしておく、人種差別という行為を可能にする権力関係として本書はレイシズムを定義する(人種主義としてのレイシズム、あるいは広義のレイシズムとする)。レイシズムはありもしない人種をつくりあげ人間を分断する人種化を行う。人口にとっての生物学的危険として劣等人種をつくりあげ、社会防衛を掲げてその人種を排除し、最終的には殺そうとする。短くいえばこうなる。
 レイシズムとは、人種化して殺す(殺させる)権力である。(p15)


 世界中で「レイシズム」による”殺人”あるいはそれに近い犯罪行為が行われている(足元の話をすれば、「表現の不自由展」会場使用許可取り消し問題とは、「レイシズム」によって生じた脅迫という犯罪行為に、会場管理者が屈服したという問題でもある…だからこれに対する闘いは、「表現の自由」「言論の自由」という範疇でのみ闘うのではなく、「反差別」」「反レイシズム」を掲げて闘うことも求められるのだ!)一方、2020年にはB.L.M運動が燃え広がり、あらためてレイシズムと闘う動きか広がっている。こうした中、本書は
・レイシズムが偏見や差別にとどまらず、最悪の暴力に結びつくメカニズムを分析するという課題に正面から取り組む
・ナショナリズムとレイシズムの接合を分析する
・日本型反差別から脱却し、差別する権利・自由を否定する反レイシズム規範を日本社会でどのように打ち立てたらよいかという課題と向き合うための基礎となるレイシズムの入門書を目指す…反レイシズムによってナショナリズムとレイシズムとを切り離す
 この三つを目的としている。
レイシズムとは何か_0001
  何度でも書くよ…左翼や反差別に関心かある人は、絶対に読め!
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あるみさんとは

あるみさん

左翼、時々テツ!ちょっぴり萌え系…白系共産趣味ブログであったが、どうも本人のスピリットは赤か黒らしい。闘争・集会ネタが主。主戦場は沖縄・辺野古。
 もとネタは、鉄道むすめのメットキャラ「金沢あるみ」さん。フィギュアを手に入れ、メットを白く塗ったりして遊んでいた。「あるみさん」つながりで「すのこタン。」も要チェック!
 「侵略!イカ娘」からはまったのは「ガールズ&パンツァー」…梅田解放区の隠れ「ガルパンおじさん」でもあるが、今は「はたらく細胞」の「血小板ちゃん」にハマり(おいおい)人間が朝の6時に起きれるか!という謎のコンセプトで生きている。

メールは、nishihansenあっとyahoo.co.jpまで(あっとを@に変更して下さい)
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