たたかうあるみさんのブログMKⅡ

み~んなそろって、闘争勝利!でもやっぱりメットは、白でしょ⁉ということにしておこう。

容量がいっぱいになった「たたかうあるみさんのブログ」を移動して、2020年7月に新たに開設した、共産趣味鉄道ヲタブログ⁉…旅行、萌え系ネタ⁉もあります。

日記・つぶやき

大阪「衰退」のメカニズム

 「現代ビジネス」こんな記事をみつけた…週刊現代に掲載されている簡単な記事だが、
大阪はかつて、東京をも上回る「日本一の街」だった…それがなぜ「衰退」へ向かったのか? その意外なメカニズム
 戦前の大阪は、東京よりも大きな「大大阪」だった。それが1970年を過ぎるころから、衰退していったのである。立命館大学教授で『大阪—都市の記憶を掘り起こす』の著者、人文地理学者の加藤政洋氏が解説するところによれば、2ページ目
 「新聞記事を読むと、'70年の大阪万博の頃までは熱気があったことが伝わってきます。しかし、'70年代以降に新幹線や高速道路などの交通網がそれまで以上に発達し、都市同士の結びつきが強くなると、東京が企業の本社機能を吸収するなど、東京一極集中が進みます。さらに、グローバル化のなかで工場は安い労働力を求めて海外に出て行き、大阪経済の地盤沈下が進みます」
 とある。
 なるほど、新幹線で東京までぴゃーっと行ければ、東京に本社機能とかがあってもよいと考えるだろう。現在は航空機もバンバン、東京と大阪を結んでいる。LCCだってある…集積の利益を考えれば、ドンドンと東京に集中するだろう。
 なお、新幹線で大阪の”不利”なところを言えば、新大阪駅が都心から離れていることも大きいだろう。JR(国鉄)を使えば、環状線の大阪駅で東海道本線に乗り換える。それ以外は地下鉄1本だけというアクセスである。今、ようやく「なにわ筋線」から阪急十三をを経て、新大阪に結ぶ阪急電鉄の新鮮構想が浮上し、南海の難波駅から直通で新大阪に行けるようになる。関西空港も含め南のほうから、新大阪にアクセスするのは本当に大変なのだ。
 東海道新幹線は戦時中の「弾丸列車」計画の遺産をつかうことで素早く整備できたのであるが、大阪もすっ飛ばして東京ー下関をいち早く結ぼうというものだったので、新大阪駅が不便なものになったのは否めない。
 で、加藤教授は次のように続ける。
 「'80年代、大阪市は『テクノポート大阪』という都市計画を掲げます。かつては工場で栄えていた湾岸地域や埋め立て地を開発し、そこに『新都心』を作ろうとしたのです。バブルの勢いもあってその一環として建設されたのが、アジア太平洋トレードセンター(ATC)や大阪ワールドトレードセンター(WTC)です。前者は'94年に1400億円超の開発費で、後者は'95年に1100億円超の開発費で竣工されましたが、結局ほとんどテナントが入らず、最終的に府の庁舎や市の部局などが入ったことはよく知られています。ほかにも同計画では多くの開発が失敗、大阪経済にとってむしろ重荷になってしまったかもしれません」
 80年代は大阪でも「革新府政」が倒れ、共産党以外相乗り府政が誕生する。この政権が進めてきたのが上記の開発である。しかし記事ではこう解説する。
 こうした失敗も、振り返ってみれば仕方がないものに見える。なぜなら、これらの開発は、都市の「文脈」や「歴史」をほとんど無視して、いきなり巨大な建物を建設する「インプラント型(埋め込み型)」の開発だったからだ。衰退する都市にドーピングをするかのように無理やりに建物を造る—その開発手法からは、かつての栄光から転落することへの焦燥が垣間見えはしないか。
 都市の「文脈」や「歴史」をほとんど無視した、無理やりの開発…こんなものが失敗するのは、碑を見るより明らかだろう。
 こうした「開発府政」の負の遺産を始末するフレコミで、台頭したのがポピュリスト。橋下徹であり、彼がつくった大阪維新である。だが、彼らが掲げた「都構想」そして続きの「カジノ・IR」もまた、都市の「文脈」や「歴史」から切り離された、開発行政の最たるものだ。さすがに「都構想」は市民の手で否定されているが、それでも「三回目の住民投票を!」とする維新の声はなくならない。それどころか、「かつての栄光から転落することへの焦燥」から、ドーピングのように万博、そしてカジノ・IRに期待をかけているのが、大阪の人たちではないだろうか。吉村大阪飛知事が「大阪ワクチン」「(万博で)空飛ぶ車」「大阪カジノ」から最近は、大阪にF1を誘致するなどということも言いだすのは、こいつら維新が普段の行政よりも、何か「イベント」を立ち上げて政治をやっているような手法をとるのも、そうした焦燥からきているのだろう。

 衰退から逃れるためには、焦燥から一歩抜け出し、足元をみつめた地道な行政再建に戻る…それが「反維新」を掲げる私たちの主張であるわけだが、まぁ、地味ではあるな。

腱鞘炎で労災を適用したお話

 今、在宅でやっているメイン仕事は報酬が少ないので、時々バイトにでている…で12月の半ばに、倉庫内軽作業に従事した。
 倉庫内作業といっても、いろいろあって、今回はベルコンで流れてくる段ボール箱の「ふたを閉める」作業担当。前にいる人が、ふたの折り目をつけて倒し、それを私が受けて箱にはめ込む。流れていった箱を後ろの人がガムテープで止めて、箱は完成!というわけだ。それをドンドン作っていく…この日は朝8時から夕方5時まで、その作業であった。
 箱をはめ込む作業…といっても、ふた部分の引っ掛かりの折が甘く、倒れてきたふたをもう一度、織り込んだうえではめ込まないといけない。これで右手親指を酷使することになって、夕方4時ぐらいには手首に激しい痛みが生じた。そのまま5時まで作業を続けたのだが、当然、痛みは引かない。
 以前にも同じような作業をしたことがあって、同様の痛みがあったのだが、その時は一晩休めば痛みはとれたのであるが…今回はずっと痛い!不運なことに、金曜日であったので近所の整形外科はしまっており、受診は月曜日とあいなった。もちろん、これは業務で親指を酷使したことによる、腱鞘炎であろうと判断し、労災を適用するつもりで受診…手続きが終わるまでは、一旦「全額負担」という厳しいお支払いとなる。
 痛みが激しいのでレントゲンも撮ってもらったが、疲労骨折等はなかった。会社に提出する診断書には「筋腱炎」となっていた…とにかく、炎症をおこしているとのことである。
腱鞘炎20231230
 腱鞘炎というのは、こーゆーものらしい…「筒とスジが摩擦をおこし、炎症になるんです」
(つげ義春「日々の戯れ」より)
 主人公はこの後、腱鞘炎を理由にイラスト1枚の仕事を断り、妻が働く競輪場の窓口で包帯を巻いた手を、妻ににぎってもらうというお話である。
 とりあえず湿布薬をもらい、リハビリ治療(といっても、負傷した手首を赤外線で温めるだけ)を受ける。会社に連絡して、ごちゃごちゃやり取りをしたら、労災についてはあっさり認められた。

 書類が届き、それを整形外科の窓口に提出したら、立て替えていた医療費はすぐ返済され、その後の医療費も全くかからない。治療としては、湿布薬と手首の固定(ただし包帯撒いているだけなのですぐに外せる…年末大掃除闘争をやらないとイケナイので、これはありがたい)
 受傷した時は、少し腫れもあり、手首を動かすと「ギイギイ」と腱をつつむ筒から音が出る!?ような感じであったが、2週間もたつとだいぶ痛みは取れた…手首のこわばりのようなものがのこっているので、湿布薬は継続中である。暖かい風呂の中で手首を動かすと、痛みもなくスムースに動いている。

 ということで、皆様、仕事中の怪我(通勤途上も含む)については、めんどくさくても、きちんと労災を申請しましょう!

 
 


 

「売る行為」がないと商業が誕生しない?

 「売春防止法」には  
第二条 この法律で「売春」とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう
第三条 何人も、売春をし、又はその相手方となってはならない
 とあるのだが、、売買春行為そのものには罰則行為はない。
ルポ歌舞伎町の路上売春(春増翔太 ちくま新書 2023年11月)のp172には、次のように書かれている。
ルポ 歌舞伎町の路上売春 それでも「立ちんぼ」を続ける彼女たち (ちくま新書 1762) [ 春増 翔太 ]
ルポ 歌舞伎町の路上売春 それでも「立ちんぼ」を続ける彼女たち (ちくま新書 1762) [ 春増 翔太 ]
 刑事処分について定めた第5条以降を見ると、刑罰の対象となるのは「売春をするための行為」だと分かる。例えば、道路など公共の場で、買春をするよう誘ってたり、売春相手を待ったりすると、6か月以下の懲役か1万円以下の罰金が科される。売春のための場所を提供したり、男女の間を仲介・斡旋したりしても罪になる。
 ということだそうな。で、本ルポによれば歌舞伎町で「立ちんぼ」をやっているところに警察が取り締まりに入って女性を逮捕・拘束しても、起訴されることはほとんどない…常習的であったり、短い期間に拘束が繰り返されると「悪質だ」ということで起訴されることはある…そして、買春側の男性が逮捕されることは全くない。
 女性ばかり逮捕され、買春側がなにもおとがめなしというのは不平等でもあるし、また「性産業」そのものが女性差別であるという人たちからは、買春側、男性側を罪に問うようにするべきだ!という意見もある(北欧モデル・スウェーデンモデル)が、それはそれでおいといて…
 売春する女性のほうは、大久保公園のそばで立って「私の性的サービスを売ります!買ってちょうだい!」という、目に見える「売る行為」をしているのに対し、男性・買春側が「私は性的サービスを買いたい!売ってちょうだい」と町の中でアピール!?し、そこに売りたい女性が寄ってくる…なんてことはやっていないわけだ。

 これは普通の商品にもあてはまる…米を売りたい人が、米屋をやる、野菜を売りたい人が、八百屋をやる、魚を売りたい人が、魚屋をやる、ラーメン売りたい人が、ラーメン屋をやるわけで、そこに不特定多数の、商品が欲しい人がお店屋さんにやってくるわけだ。「おれは米を買うぞ!」「ラーメンが食べたい!」と,街のどこかでアピールしていたら、だれかが米やラーメンを売りに来るわけではない。街で移動して販売する行商、移動販売なんかでも「とうふ~」「灯油の移動販売でございます」と、自身が商売人であること、商売でやってきたことを”売り”にしてアピールすることで、買ってもらえる…
買う側が「(高く)買いまっせ!」と場をつくっているのは、リサイクル業か、労働力を買う「求人」ぐらいしかおもいつかない。

 そう、商業をやろうとすれば、売る場所、店が必要だ!(店以前だったら、市ということになる)
 そこで、売る行為をやらなければならない!
 無店舗販売であっても、〇〇を売ってます!と世間に向けてアピールしなければならない!
 おお、「商品は貨幣を恋い慕う」とは、こうゆうことなのか???

 しかし、非対称でもあるな…本来、売りたい人と買いたい人は「対等」であるハズなのだが、売る側が一生懸命、〇〇を売ってます!とアピールしないといけない。また、食料なんか典型的だが、売る側は食料はあまってるので、それを食って生き延びることができるが、買う側は食料をもっていないので、売ってくれなければ餓えて死んでしまう…そのくせ、買う側は売る側よりも努力していない?売る側が一生懸命、売りに来てくれないと、死んじゃうのに(いや、売っている場所を探すのだ!)

 と、いうことで「売買春」を取り締まろうとすれば、一生懸命続けて”売っている”人を取り締まればエエということになるわけだ。禁止薬物のような”商品”であれば、買った側にも物証がのこるので、取り締まることができるが、「(性的)サービス」は買った後に消えてしまうため、取り締まるのが難しいというのもあろう。なお現行の「売春防止法」制定より先に、「売春等処罰法案」が国会で審議され、これは「売春をした者」とその相手方を取り締まる法律であったのだが、成立しなかったのだそうな。また、男性側。買春側を取り締まり罪に問う「北欧方式」をとるスウェーデンもあまり上手くいってないみたい…であることも付け加えておく。

「福田村事件」を観たぞ

 1週回以上前の話だが、映画福田村事件を観てきた。(少々ネタバレあり、注意)
 関東大震災における、流言飛語による朝鮮人・中国人などの虐殺事件のなかで、朝鮮人と間違われて被差別部落民が殺された事件を題材にしている。
 本題である朝鮮人に対する虐殺を描かないでどうするんだ!というような批判もあるのだが、この映画は朝鮮の植民地化、独立運動圧殺や差別もベースにきちんと描かれているし、部落差別や女性差別・抑圧、ハンセン患者への差別も描かれている。そして社会主義者の虐殺、されに「大正デモクラシー」の敗北が、次の悲劇を生んでいったであろうということも暗示される。(もちろん、関東大震災時における敗北が、ストレートに次の戦争への悲劇につながったわけではない。抵抗は1,920~30年代も継続されたのであるが…)

 映画は、大震災が起こる前の福田村や周辺のひとびと、また殺される讃岐の行商団の様子を細かく伝える。福田村に、朝鮮で教師をしていた沢田智一(井浦新)がつれあいを連れて帰ってきた。汽車の中でシベリア出兵で夫を亡くした島村咲江(コムアイ)が一緒だ。村の入り口で在郷軍人たちが盛大に咲江を迎える。インテリである村長(豊原功補)は同じインテリの沢田の帰郷を喜び、村にデモクラシーを根付かせるため一緒に頑張ろうと励ますが、沢田は村でなれない農業を始める。
 行商団は被差別部落の人たちが、食うために讃岐の村をあとにした。ハンセン病患者に”効かない薬”を売りつけることもする(もちろん効かない薬ばかり売っているわけはない。また効かない薬であっても、それが必要とされることもある)彼らは被差別者であるが、日本に来ている朝鮮人に対する意識は様々だ。あからさまに差別感情を持っているも者は、朝鮮人の飴売りに対し「(朝鮮人の飴は)何が入っているかわからん!」といって蔑むが、その言葉を聞いた行商団のリーダー、沼部新介(永山瑛太)は「自分も同じようなこと…部落民のつくるものには、何が入っているかわからん…を言われた」とそれをたしなめ、飴をたくさん購入する。行商団の何人かは「お守り」を持っているが、それは「水平社宣言」が書き込まれた紙であった。
 町では労働争議が行われたりして、赤旗・黒旗が掲げられたりもしている。争議では朝鮮人が戦闘的に闘うそうで、それを憎々しげに語る村の労働者がいる。新聞記事は「いずれは社会主義者か鮮人か、はたまた不逞の輩の仕業か」と世論を煽り、市民の不安と恐怖在郷軍人も含む村の宴会では、日清戦争時の「旅順の虐殺」経験者も出てくるが、年齢的には朝鮮植民地化前後の、独立運動弾圧をしてきた人たちなのであろう。朝鮮人虐殺に向かう下地は、十分に描かれている。村での女たちの「不倫」模様も描かれるが、「不倫」は家父長制への反抗である!「不倫」への非難は「男が安心して戦場で戦えない!」という、まことに身勝手なものでもあった…家父長制が天皇制をささえ、戦争を支えているのだ!
 震災が起こる…避難民が逃げてくるとともに、「朝鮮人が火をつけた」「井戸に毒を入れた」などの流言飛語もやってくる。良識をもっている村長はそんなことはないと否定するが、村では在郷軍人が自警団を結成し、気勢をあげる。恐怖と憎悪に包まれる中、沢田はつれあいに、朝鮮で独立運動鎮圧の虐殺(「堤岩里(チェアムリ)教会事件」らしい)に加担していたことを語る。東京ではすでに、朝鮮人虐殺や社会主義者虐殺が始まっている。飴売りの朝鮮人少女も虐殺された。
 戒厳令が出され、治安は軍や警察、行政が責任をもつことになったので、村の自警団はいったん解散だ。何かことを期待していたのか、残念がる村の男たち…女たちは「戦争ごっこ」だと男たちを非難し、早く日常の仕事に戻るよう促す…だがそこに行商団がやってくる。渡し舟で川を渡りたいが、15人もの人間と大量の荷物だ。渡し守(東出昌大)とトラブルになり、村の人も集まってくる。ここで「朝鮮人ではないか?」と疑われるわけだ。半鐘が鳴らされ、さらに多くの村人が竹やりなどの武器も携えてやってくる。村の警察は、行商の鑑札を確認が済むまで手をださないよう注意するが、在郷軍人たちは「十戦十五倫と言ってみろ」「歴代天皇の名前を言ってみろ」などと尋問を繰り返す。沢田のつれあいが「私はこの人たちから薬を買った、この人たちは朝鮮人ではありません!」と必死に弁護するが、リーダーの沼部伸介は「朝鮮人ならころしてもええんか!」と、まっとうなことを叫ぶ、それと同時に彼の頭にとび口が下ろされ、虐殺がはじまってしまう…
 沼部の「朝鮮人だったらころしてもええんか!」というのは普遍的な人権思想、いやそれ以前のあたりまえのことだと思うのだが、その当たり前を叫んだ直ぐ後に、それを打ち消す虐殺が始まる描写は、本当に恐ろしい…まっとうな意見が通らず、虐殺がはじまってしまう差別社会ニッポン(「同調圧力」のせいだけにしてはイケナイ)の恐ろしさである。まやこのセリフは、様々なものに置き換えて考えることができる…「障害者だったら、ころしてもええんか!」「トランスジェンダーだったら…」「外国人だったら…」あるいは「アイヌだったら、琉球人だったた遺骨をかえさなくてええんか」「沖縄だったら、基地が集中していてもええんか」等々…この叫びは、死刑制度に反対し、オウム事件をドキュメンタリーとして撮ってきた森達也監督もいちばん言いたかったことだろう。

 虐殺のシーンは、ある意味しつこく描写される…何人からも竹やり等で突かれ、川に追い詰められ、死体は画がされる…殺される側の理不尽さ、恐怖をまじまじと見せつけられるが、これは同時に朝鮮人に対して、もっと大規模に行われてきたのだ!それを想像しなさいということだと思う。また、事件後、生き残りの少年が取り調べる刑事に対し、虐殺された9人の名前、それと生まれてくるはずだった赤ん坊につける予定の名前を告げる…これも、虐殺された人には、一人ひとり、名前のある、人生をいきていたのだ!ということだ。飴売りの朝鮮人少女も、殺される寸前、奪われた自分の名前を高らかに叫んだ!このことも、皆さん、想像してくださいということだ。

 映画「福田村事件」いい映画なので、絶対に観ろ!と書いておく。

目玉が伸びてるので?網膜に孔が空くおはなし

 先週の金曜日、NHKで「チコちゃんに叱られる」を見ていると、お菜が「なぜ近くばかり見ると近視になるか?」であった。”所説あります”では胡麻化されないネタなので、注視していると…
 大昔のアップデートされていない知識では、近くばかり見るとピントを合わせるために水晶体が分厚くなり、それが元にもどらなくなって近視になる!とされていたのだが、それは「仮性近視」である。水晶体はちゃんともとの厚さに戻るらしい。そうではなく、近くばかり見ていると、目玉のほううがピントを合わせるために少し伸びる、そして一旦伸びると、元にはもどらない…これが近視なのだそうな。
 もう一度書きます…目玉が奥に伸びる→奥に伸びた目玉は、絶対に戻らない→っ得のピントが合わなで、近視に…というわけだ。
網膜に孔が開く1
 上の図で、ちょっとだけ目玉が横方向に長くのびるわけですね。そうすると、遠方の像が網膜上で結像せず、ぼやけて見えるのだ。
 ちなみに「ドラえもん」では何回か未来ののび太にタイムマシンで会うというシーンがあるが、のび太の近眼が直っている…しかし、目玉の伸びは戻らないので、近視が直るということはない。彼はレーシック手術でも受けたのであろう。(ドラえもんの「ひみつ道具」では治せないのか?22世紀も近視は治せない)
 さて、10年ほど前に右目の網膜に孔が空く「黄斑部円孔」というのが判明して、手術をしたわけだが、近視が強いひとほどこれにかかりやすい!ということは教えてもらっていた。(参考:網膜に孔の空くお話)では、なぜ近視だと円孔が空きやすくなるのか?それは眼球が伸びてすでに網膜が引っ張られている状態にあるからだと納得がいったわけである。はぁ~
 ちなみに「黄斑部円孔」で検索すると、いろいろひっかかってくる…例えば「株式会社三和化学研究所」という製薬会社のサイトに20。黄斑円孔・黄斑前膜というのがある。それにょれば
 硝子体の表面は硝子体皮質という膜で覆われていて、網膜の内側はこの硝子体皮質と接しています。そして硝子体は、歳とともに少しずつ液体(水分)に変化し、体積が縮小していきます。このとき硝子体皮質は網膜から剥がれ、その間にできる隙間は水分に置きかわります。この現象を「後部硝子体剥離はくり」といいます。これは50~60歳以降の人ならだれにでも起こる自然な現象で、問題となるほどの症状は現れません。
 ところが硝子体皮質と網膜の癒着が強すぎ、うまく剥がれてくれないことがあります。そのようなケースでは、硝子体収縮の影響が網膜に及んで、さまざまな病気が起きてきます。黄斑円孔や黄斑前膜も、それによって引き起こされるものです。

 加齢によって硝子体が縮むときに癒着が強いと、網膜の一部を引っ張ってしまい、孔が空いたりするのだそうな。ここにも
 この病気は硝子体の収縮が関係して起きるので、後部硝子体剥離が起こる60代をピークに、その前後の年齢層の人に多発します。とくに、硝子体の液化が進みやすい近視の人や女性に多い傾向があります。
 とある。なるほど、液化が進むのか!目玉が伸びているので引っ張られるわけではない…ようだ。
 とにかく私は近視が強いので、40代で黄斑部円孔になって
網膜に孔が開く2
 こんなふうに孔が空き、それをおさえるため硝子体をいじってガスを注入し、網膜を抑える(ガスをためるため、3日ぐらいうつぶせになって暮らさないといけない!)…手術は成功して網膜はくっついたが、ステージ4に進行して何年かたった時期だったからか、視細胞(錐体細胞)は復活せず、視力はおちたまんま。おまけに硝子体手術をやると白内障が進行しやすくなるので、白内障手術も3年ほど前にやる羽目になった。当然、視力は戻らず、眼鏡もあっていないままである。パソコンやスマホ作業はけっこうしんどい。

ということで、近視の強い皆様!加齢による黄斑円孔には気を付けるのだぞ!
症状的には、華麗性黄斑変性と同じように、視野の中心部がぼやけたり、ゆがんだりすることだから、見え方がおかしければ、眼科で検査を受けよう!
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あるみさんとは

あるみさん

左翼、時々テツ!ちょっぴり萌え系…白系共産趣味ブログであったが、どうも本人のスピリットは赤か黒らしい。闘争・集会ネタが主。主戦場は沖縄・辺野古。
 もとネタは、鉄道むすめのメットキャラ「金沢あるみ」さん。フィギュアを手に入れ、メットを白く塗ったりして遊んでいた。「あるみさん」つながりで「すのこタン。」も要チェック!
 「侵略!イカ娘」からはまったのは「ガールズ&パンツァー」…梅田解放区の隠れ「ガルパンおじさん」でもあるが、今は「はたらく細胞」の「血小板ちゃん」にハマり(おいおい)人間が朝の6時に起きれるか!という謎のコンセプトで生きている。

メールは、nishihansenあっとyahoo.co.jpまで(あっとを@に変更して下さい)
ではでは(^^)

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