感染症専門家の「山本太郎」氏の本を、1章ごとにていねいにレビューしていく企画である。本書は2011年ともう9年前の本であるが、新型コロナウィルスの蔓延により脚光を浴びている。
本書の構成は、以下のとおり
プロローグ 島の流行が語る事
第一章
文明は感染症の「ゆりかご」であった
第二章
歴史の中の感染症
第三章
近代世界システムと感染症
第四章
生態学から見た近代医学
第五章
「開発」と感染症
第六章
姿を消した感染症
エピローグ 共生への道 である
プロローグ 島の流行が語ること
本書は北大西洋のデンマーク自治領、フェロー諸島における1846年の麻疹(はしか)の流行から、1875年の太平洋のフィジー諸島、さらに後のアイスランドやグリーンランドでの麻疹の流行についての話題である。19世紀の半ばにはありふれた病気であった麻疹も、孤立した島々では流行は例外的なものになる。ただ
麻疹が社会に定着するためには、最低でも数十万人規模の人口が必要だという。それ以下の人口集団では、感染は単発的なものにとどまり、恒常的に流行することはない。(p8)
なので、島々では「外部」から持ち込まれて何十年かに一度、大流行を起こすが、やがて収束し消えてゆくのだそうな。それでも紀元前3000年頃にメソポタミアに誕生した麻疹は、20世紀半ばにグリーンランドに到達し5千年かけて「処女地」が無くなった。それは人間社会の変化、すなわち
大量輸送を含む交通手段の発達や、世界全体が一つの分業体制に組み込まれていく近代世界システムへの移行が、麻疹流行の様相を変えた。(p10)
のである。
麻疹やおたふく風邪、風疹、水ぼうそうといった感染症は感染性が強く「小児の感染症」として知られているが、しかし小児に対してこれらの病気が特に強い感染性をもっているわけではない。成人の多くが免疫を有するので、小児の疾病のように見えるだけなのだ。ワクチン接種が進むと、小児期における暴露頻度も少なくなるので、「小児の感染症」が小児期に発症することは少なくなる。だが19世紀のフェロー諸島やフィジー諸島のように、感染症の「処女地」で突発的に流行すると大きな被害が生じる。また開発途上国では、今でも麻疹による死亡率は5~10%と高い。栄養不良が原因ともされるが、それが高い死亡率の主因ではないという研究結果もある。いずれにしても、
社会を破綻させる大きな悲劇を避けながら、小さな悲劇を最小にする。そのためにできることは何か。わたしたちは、それを歴史に学ぶ必要がある。(p15)
とある。
またプロローグの付録として、麻疹流行の数理と題した項目がp197~p200まで展開しており、麻疹流行のモデル計算が紹介されており、集団免疫や基本再生産数といった、新型コロナウィルス流行でおなじみになった言葉も使われている。