ブログのお友達、プレカリアートさんが書いた今の九州水害は大阪にとっても決して他人事ではない!に触発されたので書いてみる。  
 先日来の熊本県球磨川水系の水害でも、昨年の岡山水害でも、河川の湾曲部で水が滞留・逆流するバックウォーター現象が被害を拡大しました。これは同様の箇所を多く抱える大阪でも決して他人事ではありません。実際、寝屋川や大和川の湾曲部では過去に何度も水害に見舞われて来ました。大和川では浅香付近(上図のA)や石川との合流点(同B)が、バザードマップで洪水危険地帯に指定されています。
 とのこと。
 幸いなことに、近年の台風や集中豪雨において、大阪平野の河川が氾濫して洪水になったというのは、私の記憶にはない。私も某河川のすぐ側に住んでおり、母親が言うには私が生まれる前、ここに引っ越して来た時はまだ堤防が低かったが、すぐに改修して堤防を高くした…それ以降、河川があふれて洪水になったことはないのだそうな。
 しかしプレカリアートさんが指摘するよう、本当に大丈夫なのだろうか?他の地域で河川屈曲部や、合流部で弱点になっているところはないか。また堤防や水路、水門等が老朽化したりしていないか?ということも、洪水・水害を防止する上で重要なポイントだ。
 で、最近読んだ「新選組」大阪五区予定候補者の大石あきこ氏が書いた「『都構想』と止めて大阪を豊かにする5つの方法」に書いてあることを思い出した。
「都構想」を止めて大阪を豊かにする5つの方法
大石 あきこ
アイエス・エヌ
2020-04-03




 本書の第4章にキモとなる「都構想」を止めて大阪を豊かにする5つの方法が書かれているのだが、その中に(4)治水対策予算を回復、人命を救う計画を完全実施 とある。そこには、こんな記述がある。
 大阪府が1996(平成8)年度に策定した治水計画は、「府域すべての河川で、一生に一度経験するような大雨(時間雨量80ミリ程度)が降った場合でも、川があふれて、家が流され、人が亡くなるようなことをなくす」というまっとうな計画でした。
 しかし、治水対策予算(津波対策を含む)は、橋下知事の前の太田房江知事(在任期間:2000年2月~2008年2月)の頃から削減されました(図表17)。続く橋下知事の時代(2008年2月~2011年11月)には「昨今の財政制約」を理由に、時間雨量80ミリ対応を切り下げて50ミリ対応を基本とし、50ミリ対応のままでは「人命への影響を及ぼす可能性がある」地域のうち、「事業効率で選択された」地域のみを80ミリ対応にし、それ以外は65ミリ対応にするという「お金による選別」政策となりました。(「今後の治水対策の進め方(2010年6月)」)。
 それ以降、自然災害は増えているのに、今なお計画は継承され、治水予算は減少傾向が続いています。(p118~190)
 とある。図表17は本ブログでは省くが、治水事業費は1993年のピーク時から、2010年には1/3程度まで減らされているのである。
 またグラフを見ると、各年度の事業費のほとんどが建設費で、維持費があまり使われていないことも分かる(堤防や水門等の改良工事は、建設費で計上されているのだと思う)
 要するに維新は、災害対策費もケチっているのだ!
 で、維新の親玉、橋下徹はこんなことを言っている。Y!ニューススポーツ報知より
橋下徹氏、九州南部の豪雨被害に「そもそも住む場所を変えていくことが必要」…これは橋下氏が
 危険が生じたから逃げるでなく、そもそも住む場所を変えていくことが必要なのかなと。当然、反発は食らいますが…」と橋下氏。「危険地域からどう住まいを移ってもらうかという政治が必要です」と続けた
 というようなことを言っており、それに対しそもそもそんな簡単に人が住み慣れた所を離れることはできないだろうということが批判されているのだが、
まず、「大阪では1時間雨量80ミリが、一生に一度経験するかどうかの雨という前提で治水計画が作られている」と知事時代の経験から話した橋下氏。「でも、今は一生に一度とか、50年に一度の雨が頻繁に起きていて、治水計画の前提がもう狂っていると思うんです。人間が自然をコントロールするという前提はもう変えていかないと」と続けた。
 おいおいおいおい、1時間雨量80ミリの計画を反故にしといて、何を言っているのだ!  もう、ええ加減にせえ  プレカリアートさんも
 その様な水害常襲地帯の大阪で、大阪市が廃止されてしまったら、一体どうなると思いますか?権限も財源もない特別区に、大阪市と同じ仕事なんか出来る訳がありません。一方で、本来なら廃止された大阪市の分まで仕事をしなければならないはずの大阪府も、カジノや万博などの大型開発に入れあげ、地味な洪水対策なぞは後回しするのに決まっています。そういう意味でも、大阪都構想は百害あって一利無しです。
 
 と先のブログ記事を綴っている…水害対策をもおっぽり出して、都構想・カジノ・万博なんぞやられては、こちらも命がいくつあっても足りはしない!
 国家とか行政というのは、「治水」から始まったとも言われている…古代文明が大河のほとりから生まれ、地域のリーダーが水を引いたり防いだり、ということから始まったのだそうな。だから治水を疎かにする政府・政治は倒されて当然なのだ!

 河川が氾濫すれば、民衆は反乱で政治権力を迎え撃つのである。維新・都構想を粉砕し、災害に強い大阪をつくろうではないか!