先日27日、「世直し研究会」とやらが主催する「セックスワーク論批判」の一貫としてやっている勉強会に参加してきた。「性売買の法制度」と題した、大阪電気通信大学教授で、APP研の中里見博さんの講義である。中里見先生の専門は、憲法やジェンダー法学だそうな。なお、本学習会は1月30日に第一回目が持たれたのであるが、「宝島社裁判が問うもの」集会とかぶっていたので、私は参加していない。
 中里見先生は「性売買の5つの法制度」ということで、
1.禁止主義(業者、性の買い手、売り手全て処罰)
2.規制主義(業者は許認可、買い手は自由、売り手は登録・検診)
3.廃止主義(業者は処罰、買い手は自由、売り手は保護・社会復帰)
という3つの法制度、そして3.廃止主義がうまく機能しないので、セックスワーク論者が提案する
4.包括的非犯罪化(業者、買い手、売り手全て自由)と、
5北欧モデル(新廃止主義 業者も買い手も処罰、売り手は離脱支援)
が出てきた、もっともこの5つの法制度は全く独立してあるわけではなく、国や地域によって複雑にいりまじっていること、また4の「包括的非犯罪化」を導入している国はなく、ニュージーランドにおいても実際は様々な「規制」を伴っているとのことである(規制法が、性産業に特化したものなのか、それとも一般の産業・業態と区分のない法律に書き込まれているのかという評価の違いはあるだろうが…)
 ということで「北欧モデル」とは性産業に係わる業者のみならず、「買春者(買春行為)」を取り締まる法制度であり、売買春の縮小・廃止を目指すものだ。3.廃止主義も目的は同じなのだが、廃止主義を採用した国々で国内法によってその内容が歪められてきたり、買春行為の需要抑制や制裁が含まれていないことによる限界を超えるため、バージョンアップして生まれたものだ。
 北欧モデルの生まれたスウェーデンでも、長らく性売買が社会問題として存在したが、90年代に女性団体から性の売り手を罰せず、業者と買い手だけ罰する案が提出され、1998年に政府がDV罪、セクシャルハラスメント禁止の強化とともに、買春罪を含む「女性の安全一括法案」を議会に提出し、成立したものが「北欧モデル」の始まりである。買春罪は現在は刑法9章11条に規定され「対償を与え、不特定の相手方と性的関係をもった者は、性的サービス購入の罪とし、罰金または1年以下の懲役に処する(制定当初は6カ月以下)」となっているそうな。なお「買春処罰法」という独立した法律があるわけではない。
 スウェーデンでは1999年に法的に成立したこのような立法は、2009年にノルウェーやアイスランドで同様な法律が制定され「北欧モデル」と呼ばれるようになる(ノルウェーはその後、改悪された可能性がある)現在はカナダやアイルランド、フランス、イスラエルなど8カ国、また韓国も売り手を処罰する部分が残っているものの、買い手の処罰するよう「部分的導入」が行われていると評価されている。
 PPレジュメに沿った学習はまだまだ続くのであるが、法制定後のスウェーデンの買春罪の有罪件数の動きを見て見ると、以下のようになる(PPレジュメより…書き込みアリ)
スウェーデン男性有罪件数_0001
 施行後は、ちょっろっと十名程度、で何十名から百名前後で推移していたものが、2010年にど~んと上がって300名を超える…2011年には459名、それから200名前後で推移して、2020年には418名となっている。2010年や2020年に多くなっているのは、リーマンショックやコロナ禍の影響なのだろうか?

 フツー「新廃止主義」で頑張るのであれば、最初のうちはドンドン取り締まって、有罪者が何百人単位で現れるだろうが、やがて「廃止」もしくは「地下に潜る」などして摘発・有罪件数は少なくなっていくだろう…なんか20年やっても、ちっとも「廃止」なんかされていないようだ!?
 やる気あるのか、スウェーデン???

 で、質疑応答時に質問してみた「実際の取り締まりはどうしているのか?まさか男性や女性を気長におっかけているわけではないだろう?」と…すると実際の取り締まりはやはり難しく、「おとり捜査」もあるが、実態は人身売買そのものの取り締まりに関連したものが多いのだそうだ。

 その他、北欧モデルは性の売り手に対する離脱支援が重要になってくるのだが、このあたりは予算をつけて自治体やNGOに任せているらしい…内容(こちらが重要なのであるが)については、中里見さんはこのあたりは専門ではないのであまり詳しく聞くことはできなかった。
 また北欧モデルについて、セックスワーク論者から様々な批判…例えば買春罪導入によって、売り手の収入が減ったり、非合法市場が拡大することにより、売り手を危険に陥れることになるとしている等…が投げかけられているのだが、スウェーデン政府による2010年の報告書では、どちらの批判も理由がないとして退けられている…ただこれも中里見さんによれば、スウェーデン政府は批判に対して開き直っているのでは?という言い方をされていた。(政府報告書はこの後、より簡単なものがでているそうな)むしろフランスにおける、セックスワーク論者からの批判とそこに対する報告書で「(北欧モデル後も)性の売り手が問題を抱えていることは事実である」と認めつつ「その原因は、買春処罰ではない」とし、「その法律のポテンシャルを発揮するための政治的、法律的条件が充分整っていないことが原因」なんだそうな。例えば過去の売り手を取りしまるための地方条例が残っているとかのような①政治的な後ろ盾と当局の積極的なコミットメントの欠如(省庁間協力の欠如、中央政府と地方政府の調整の欠如など)②性売買の問題に関する情報が乏しい一般市民に向けたコミュニケーションの欠如③法の実現に責任のある者の研修の欠如(警察、裁判官、ソーシャルワーカー、教育者など)…②、③はおそらく差別やスティグマの解消のために必要なものなのだろう…④性の売り手に対する社会・経済的サポートのための財源の不足、が「北欧システム」を機能させていくために必要なのであり、法律1本つくれば全てOK、うまくいくというわけではない。フランス政府はそこのところを素直に認めているわけだ。
 ただ、セックスワーク論に立つとしても、①~④の政策は絶対に必要であり、これも単純に「非犯罪化」して自由にしてしまえば万事うまくいくわけではないのは言うまでもない。

 仲里美さんの講演は最後に「性売買システムと社会が闘うには、北欧モデル立法が、唯一の法制度と考えられる」とし「ただし、法律が機能するには、強い国家意思と、それを支える国民世論が不可欠」であると結んでいる。前者の規定については様々な意見があるだろうが、ここは「イデオロギー論争」をする場所ではない。(イデオロギー論争をするのであれば、前回の講演の時に別途時間をかけて行うべき)しかしその後の質疑応答では、まぁ家族制度と売買春とかの「大きな話」を展開される方も多かった⁉ う~んどうなんだろう。「セックスワーク論」にしろ「北欧システム」導入論にしろ、それだけでフェミニズムのすべての領域の問題解決になるわけではないし、「あちらを立てればこちらが立たず」的なことも多い…「業者」をつぶせばワーカーが困窮し、かといってダラダラ残してもワーカーが困難な状態が変わらないということもあるわけだ。「大きな問題」はそれはそれできちんと考え、さらに家族や天皇制・戸籍制度といったことも個別に撃つ必要がある…それもまた政治や社会運動の仕事である…ということなんだがなぁ~

※重要事項:中里見先生が関わっている「APP研」は「トランスジェンダー問題」について重大な差別行為を繰り返しており、そこは当然容認することは出来ない。本来左翼であればこういった団体とは付き合わない、関わらないということが肝要なのだが「世直し研究会」他の関係者はあまり「トランスジェンダー問題」についてほとんど知識がないため、「セックスワーク論批判」のためのこういった企画がなされたわけである。なお本講演の中であからさまな「トランスジェンダー差別」的な要素があったわけではないので、私も講演の紹介をしていることを付け加えておく。