たたかうあるみさんのブログMKⅡ

み~んなそろって、闘争勝利!でもやっぱりメットは、白でしょ⁉ということにしておこう。

容量がいっぱいになった「たたかうあるみさんのブログ」を移動して、2020年7月に新たに開設した、共産趣味鉄道ヲタブログ⁉…旅行、萌え系ネタ⁉もあります。

久しぶりの沖縄・辺野古

 25日から、辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会の総会ということで、沖縄に行ってきたぞ!超久しぶりの沖縄・辺野古である。
 朝早くの飛行機に乗って、沖縄入り…やっぱり蒸し暑い!
 12時に貸し切りバスで県庁前を出発して、辺野古へ…
 「第二辺野古」と名乗っていたバス停が「沖縄高専入口」と名称変更されている!
 土曜日で工事がなかったためか、シュワブ前のテントにはだれもいない。
 浜のテントには、4年前から中村吉且さんという方が詰めておられる。辺野古新基地建設の概要の説明…向こうには、海面上8mに積み上げられた埋め立て地が見える…また、浜のテントでは中村さんがつくった「沖縄 壊死する辺野古の風景 2024」というパンフレットも500円で販売である。非常に内容が濃いパンフレットだ。ちなみに、中村さんのおつれあいさんは、過去に辺野古で機動隊の暴力により、大怪我をさせられたお方である。
 浜のテントの裏には、でっかいグランド(野外音楽堂付き)が整備されている…昨年度にできたらしい。なんか凄いな!子どもたちが野球の練習をしていたよ。もちろん、基地建設”容認“の見返りとして予算がついて出来たものであるが、名護市の東海岸にある公共のグランドとして、使い勝手はよいものだそうな。
 中村さんをバスに乗せて、工事の概況を説明してもらう…昔、多くの人が座り込みをして「排除」されているシュワブ前ゲートは、現在、ほとんど工事に使われておらず「第4ゲート」というところで、美謝川付け替え工事や、弾薬庫整備の工事車両を止める行動が行われているそうだ。また辺野古ダム周辺から土砂採取を行うため。30haもの山林を伐採している…これはキャンプ・シュワブ敷地内であるため、法的には問題にならないそうなのだが、自然破壊そのもの…とにかく、4・5年前に私が辺野古に行っていたころとは、大きく地形や用紙が変わっていて、改めて工事の進捗に怒りを覚えざるを得ない。
(手違いで写真がなくてごめんなさい)
 バスはその後、東海岸を北上し、瀬嵩へ…「ホープスポット」の前で、浦島悦子さんの説明…
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 瀬高の海岸に行って、こちらもどれだけ工事が進められているか見ることになる。
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 大きな台船があるところに「作業ヤード」を作ると称して捨て石が投下されている。国が勝手に決めた「制限海域」を使役るフロートが目の前に漂う…カヌー隊は、それを乗り越えて抗議行動を行っているそうな…おりしもこの日から、辺野古新基地建設のための「サンゴ移植」が始まっている(サンゴは移植してもほとんど成功しないのだが、気候の悪い5月~10月に移植を行うなど、ナンセンスの極みである)また、浦島さんもおっしゃっていたのだが、軟弱地盤を地盤改良するということは、そこに住む生き物が死に絶えるということである…絶対に許してはならない!
 その他、浦島さんは沖縄戦時に収容所を大浦岬(辺野古岬…地理に詳しくないアメリカ軍は、大浦岬と勝手に呼んだ)に建設し、本部半島や家島の住民を”収容“したこと、家島の住民は住んでいるところを米軍に取られ、特に苦労されたこと、また沖縄戦ではこの辺にも米艦船が沢山来たのだが、今、作業船・台船があふれていて、地元で沖縄戦を体験されている方のトラウマになっていることなどを話された。
 瀬嵩を離れて、西海岸へ向かい、安和の土砂積み出し港へ…東京から名護に移住された方が説明。
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 安和は説明だけで終わり、さらに北上して塩川港へ…
 ここで、みんなといっしょに「牛歩」をやって、ダンプトラックを止める。
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 警備員、テイケイ‘の皆さんが「車両が通ります…速やかにお渡りください」と言いづづける中(のどがいたくならないのか?)ゆっくり、ゆっくり歩く…多くが高齢者ばかりで、つえをついている人もいる中、これはほんとにいい戦い方だと思った…警察・機動隊もウルサイことは言わない(もっとも警察権力とこういった”関係“になるのは、それなりに力関係を発揮しているからなのであるが…)
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 先日から梅雨入りし沖縄で、県庁前から高速道路では大雨、辺野古・瀬高ではいい天気だったが、塩川港ではパラパラと雨が降ってきた…「日和見主義者」なので、雨が降ったら、バス内に退避⁉
 塩川港は県の施設なので、5時には仕事が終わる(終えなかればならない)…安和は民間(琉球セメント)の施設なので、夜8時ごろまで搬出、阻止行動が続くこともあるそうだ。
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 塩川を離れて、海には土砂運搬船が多数、待機しているのが見えた…喫水が上がっているので、カラ荷の船である。

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 塩川港をあとに、名護から高速道路を南下、今日の宿泊地であるうるま市のホテルに投宿…ここで「懇親会」である…ではでは。

徳川幕府を倒した赤松小三郎?

 さて、「江戸の憲法構想」の中から興味深いお話を拾い出してみる…
江戸の憲法構想20240513
江戸の憲法構想 日本近代史の“イフ” [ 関 良基 ]
江戸の憲法構想 日本近代史の“イフ” [ 関 良基 ]
 先日、倒幕の黒幕はアーネスト・サトウの記事で、「下関戦争から1年後の1965年9月、長州藩の伊藤俊輔(博文)と井上聞多(馨)は長崎でグラバー商会から4,300挺のミニエー銃を購入した。」あるいは、「戊辰戦争が勃発した慶応四年/明治元年(一八六八)になると、薩摩藩は長崎にあるミニエー銃のすべてを、グラバー商会を通じて買い占めた。(p112)」と書いた…このミニエー銃を使って、薩長の軍勢は鳥羽伏見の戦い、あるいはその後の戊辰戦争を闘って、幕府側に勝利するわけだが…では、ミニエー銃とは何か、という基礎知識はこのへんを参照してもらうこととして。勝利するためには、そのための戦術が必要だ。当時、洋式銃といえば「ゲベール銃」のことであったが、これは射程が短い…それに対し、ミニエー銃の射程は3倍以上で、命中精度も高かった。ここに登場するのが、「江戸の憲法構想」で庶民による普通選挙や人民の平等、教育の普及を訴えた赤松小三郎である。赤松は、日本で最も早くからミニエー銃とその戦闘方法・戦術の研究に取り組んできた人物なのである。1857年(安政四年)には長崎で「新銃射放論」というのを翻訳出版している。最新鋭のミニエー銃の性能や分解図等を、日本で最初に訳出した本である。
 銃身内部に施条(ライフルリング)がなく玉形弾を使うゲベール銃では、100メートル先の敵に命中させるのもおぼつかないが、ライフリングされた椎実形の弾丸を使うミニエー銃だと、300メートル先の敵にも命中させることが可能となる。赤松は、長崎でミニエー銃の性能に瞠目し、同署で、すみやかにミニエー銃の製法を習得して、配備していくべきと訴えていた。
 次に赤松が探究したのは、新銃に対応した戦闘方法である。ミニエー銃の登場によって、戦闘方法は一変した。ゲベール銃時代の戦闘方法は、歩兵の部隊が密集したまま突撃していく形態(戦列歩兵)であったが、ミニエー銃が登場すると兵を分散させる散開戦術へと進化していくことになった。火力が増大したために、密集した隊形のままでは、集中砲火を受けると壊滅的打撃を受けることになったためである。そこで、少人数ずつの散開しながら射撃を行う必要性が発生した。赤松小三郎はいち早く、ライフル銃に対応したイギリス式の散開戦術を身に着けた人物となった。(p113~115)

 その後赤松は1865年、横浜に駐留していたイギリス陸軍のヴィンセント・アブリン大尉から英語の指導を受けながら、金沢藩士の浅津富之助と分担して「英国歩兵錬法」を訳出した。この本はイギリス陸軍が1862年に採用した教本であり、前装式ライフル銃に対応した最新式の散開戦術が盛り込まれていたものである。この訳本によって赤松の名が知られることになり、薩摩藩に軍事教官として招請されることになる。
 そう、赤松が最新のライフル銃を用いた散開戦術を、薩摩藩兵に教えたのである。
 鳥羽伏見の戦いの緒戦で、鳥羽街道を密集して北上する徳川軍に対して、散開しながら先生の波状攻撃を加え、徳川方に死屍累々の大損害を与えたのが、野津鎮雄の率いる薩摩の小銃五番隊であった。この野津鎮雄こそ、赤松小三郎の薩摩宿の塾頭を務めた人物である。このとき薩摩軍は、戦闘の合図に喇叭を用いていたことが記録されている。散開戦術では、分散して戦闘する各隊に瞬時に命令を伝達するために、喇叭信号が重要になったが、喇叭を薩摩軍に導入したのも赤松小三郎であったのだ。(p116)
 薩摩における赤松の”弟子”としてほかに、野津道貫、篠原国幹、樺山資紀、東郷平八郎、上村彦之丞など、母神戦争を戦い明治の陸海軍を率いたメンバーがいるわけだ…ということは、徳川幕府を倒したのは、実は赤松小三郎であったといっても、過言ではない!

 とはいえ赤松は薩摩の「武力討幕」路線に組したわけではない…むしろ内戦の危機を回避するため、自らの憲法草案ともいえる建白書を起草し、越前・薩摩・徳川などの各法眼にに提出している。また薩摩藩内で西郷隆盛や小松帯刀などを説得し「薩土盟約」による平和的な政権返上路線を目指していたのだが、薩摩藩が「武力討幕」路線に転換して「薩と盟約」も反故になった結果、赤松は中村半次郎ら五名の刺客団によって暗殺されてしまう。「江戸の憲法構想」の著者、関良基氏は
 薩摩から赤松の政治思想は消えて、赤松の軍事技術のみが残されることになった。それが、鳥羽伏見の戦いの帰趨にも決定的な影響も与えてしまったのだ。歴史とは残酷なものである。(p117)
と書いている。

「教育と愛国」上映と講演会のお知らせ

 交野市でのイベントです。
映画『教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』上映と斉加尚代監督のお話
20240602 教育と愛国上映会20240520
●6月2日(日)13時開場・13時半上映
ゆうゆうセンター交流ホール
●参加費 ¥1000(中・高・大学生半額)
 (斉加さんと久保さんとのトーク付き)


学校は、どうしてこんなにも息苦しくなってしまったのか?
長年にわたり、大阪の教育問題の取材を続けて来られた斉加尚代さんならではの映画です。
いったい教育はだれのものなのか?

特別ゲスト 久保敬さん

このままでは、教育はだめになる。競争と格差の拡大で学校の体力がどんどん失われているんです。
久保敬さん

交野のママさん・パパさん、それに先生たちや教育関係者のみなさん、そして、交野っこの未来を想う多くの市民の方々のご来場をお待ちしています!!

主催 交野「教育と愛国」を上映する会
呼びかけ人:安部春代・大島一・岡村葉子・久保敬・小林弘子・志水博子・立花勝博・中井杏一良・中井裕子・西岡文子・牧口誠司・松村宜彦・村上薫・吉田千晴

20240602 教育と愛国上映会20240520_0001
プログラム
◇1時開場
◇1時30分~3時17分
 「教育と愛国」上映(107分)
◇3時17分~3時30分 休憩
◇3時30分~4時30分 
 斉加尚代さんと久保敬さんと会場とのトーク

映画『教育と愛国』はフランス、アルゼンチン、イラク等でも上映。日本外国特派員協会「報道の自由賞」を受賞(2023年)

映画「教育と愛国」
ひとりの記者が見続けた”教育現場”に迫る危機
教科書で”いま”何が起きているのか?
いま、政治と教育の距離がどんどん近くなっている。
大阪毎日放送で20年以上にわたって教育現場を取材されてきた斉加尚代さんの初監督作品。
教科書は、教育はいったい誰のものなのか・・・・。

斉加尚代監督の映画に込めた思い
 もともと、大阪の学校現場の取材を続けていましたが、’17年、戦後初の道徳教科書の検定で、道徳の教科書でパン屋が和菓子屋に書き換えられたという出来事があった時、パンが和菓子にと、くすっと笑ってしまうような現象ですが、今の教育の中のおかしさというか教科書が抱え込んでいる検定制度の歪みが、このくすっと笑えるような出来事の中にあるんじゃないかと考えて、映像’17で「教育と愛国」を製作し放映しました。
 その後も教育現場で取材を続けていましたが、ちょうど新型コロナウィルスが感染拡大していて学校現場がさらに見えない圧力によって先生も子供たちもしんどくなってるんじゃないかと皮膚感覚なんですがありました。 
 ’22年に日本学術会議新会員6名が任命拒否にあった時、教育の自由が侵されているだけではなくて、学問の自由そのものに政治の圧というか、政治介入の手が伸びたんだ、明らかにもうこれは一線を越えて角を曲がったんじゃないかと強烈な危機意識があり、これは何とか教育と愛国の映画版を製作しなかればと思いました。
 現在進行形でこの社会を破壊しかねない出来事について、いろんな立場の人たちがいろんな意見を言うことで歯止めになるんじゃないか、もっと子どもたちが幸せに豊かに暮らしていく社会のための知恵が生まれるんじゃないかとか、先生たちが元気になるんじゃないかとか、教科書ももっと忖度せずにつくれるような空気に変わるんじゃないかとか、本当にいろんな願いを込めて制作した映画です。

当日保育をご希望の方はあらかじめご相談ください。相談させていただきます。
 080-3832-1095

会場アクセス
JR河内磐船駅から 徒歩約3分
京阪河内森駅から 徒歩約7分
(※来庁の際は、できるだけ公共交通機関をご利用ください)
アクセスカウンター
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あるみさんとは

あるみさん

左翼、時々テツ!ちょっぴり萌え系…白系共産趣味ブログであったが、どうも本人のスピリットは赤か黒らしい。闘争・集会ネタが主。主戦場は沖縄・辺野古。
 もとネタは、鉄道むすめのメットキャラ「金沢あるみ」さん。フィギュアを手に入れ、メットを白く塗ったりして遊んでいた。「あるみさん」つながりで「すのこタン。」も要チェック!
 「侵略!イカ娘」からはまったのは「ガールズ&パンツァー」…梅田解放区の隠れ「ガルパンおじさん」でもあるが、今は「はたらく細胞」の「血小板ちゃん」にハマり(おいおい)人間が朝の6時に起きれるか!という謎のコンセプトで生きている。

メールは、nishihansenあっとyahoo.co.jpまで(あっとを@に変更して下さい)
ではでは(^^)

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